【衝撃事件の核心】逃亡16年、宅見組長射殺「現場指揮役」ナゾだらけの“逃走資金と支援者” (2/3ページ)

2013.06.20


 射殺された宅見勝・宅見組組長の一周忌の参列者ら。襲撃に直接関与したとされる6人のヒットマンたちの末路はさまざまだ=平成10年8月撮影【拡大】

■「何もしゃべるな」

 「宅見(組長)は『パサージュ』という喫茶店におる。一緒にいるひげの男は撃たんでええ。宅見(組長)だけを撃つんや」

 9年8月28日午後3時すぎ、神戸市中央区の新神戸オリエンタルホテル(当時)。ロビーのある4階を偵察していた財津容疑者は、2階と3階の間の階段に待機していた実行犯4人を手招きすると、手短に指示した。

 ほぼ満席の喫茶店。上下青の作業服にサングラス姿の4人組がなだれ込んだ。山口組幹部2人とコーヒーを飲みながら雑談していた宅見組長に、至近距離から銃弾を何発も撃ち込んだ。左手を突き上げ、必死に起き上がろうとする宅見組長に、追い打ちをかけるように引き金を引いた−。

 実行犯の1人で、元中野会系組員の中保喜代春受刑者(63)は、収監後に出した著書「ヒットマン」で、当時の様子を詳細にこう記している。さらに、現場指揮役として財津容疑者の口から指示された言葉をこうもつづっている。

 「身元がばれるものは一切持ち歩くな」「互いの名前を呼ぶのもあかん。ヒットマンは4人やから、今後は東西南北の符号で呼び合え」「捕まっても何もしゃべるな」

 財津容疑者が4人に発した指示は、慎重に慎重を期していた。とはいえ、16年の月日はあまりにも長すぎたのか。逮捕後は自身の言葉を忘れたかのように、事件への関与を素直に認めている。

■「何もしゃべるな」

 宅見組長と中野会との対立に端を発したとされる宅見組長射殺事件。直接関わったとされる6人のうち、3人はすでに実刑判決を受けて服役している。残る3人のうち、財津容疑者を除く2人は事件後、変わり果てた姿で見つかった。

 全体の指揮役とみられる吉野和利・元中野会幹部=当時(45)=は事件翌年の7月、韓国・ソウルの潜伏先のアパートで、ベッドで鼻から血を流した状態で見つかった。外傷はなく、現地の警察当局は「脳卒中と推定され、他殺の疑いはない」と判断した。

 また、実行役4人の中で最後まで逃げ延びた鳥屋原精輝・元中野会系組員=当時(56)=は18年6月、神戸市東灘区の倉庫で衣装ケースに入れられたまま遺棄されているのが見つかった。遺体の体重はわずか34キロ。死因は衰弱死で、糖尿病や慢性肝炎などを患っていた。歯もほとんど抜け落ち、床ずれの痕から寝たきり状態だったことがうかがえた。

 鳥屋原元組員の遺体をめぐっては、遺棄に関与した2人が「遺体を関東まで取りにきてほしい」との連絡を受け、神奈川県厚木市まで車で遺体を受け取りに行っていたという。遺体を引き渡したのは男ら3人とみられるが、2人は「3人とは面識がない」と供述したままで、壮絶な逃亡生活の謎は明らかになっていない。

 

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