139年の歴史を語るバッグ専門店「銀座タニザワ」

2013.07.25


銀座タニザワ【拡大】

 その昔、武士の鎧(よろい)入れを「鎧櫃(よろいびつ)」、医者の薬入れを「薬籠(やくろう)」などといい、庶民が腰に下げる物入れを「胴らん」といった。また、旅で使う柳、竹、紙でできたものを「振り分け物入れ」と呼んだ。

 明治新政府になって「革包」と書いて「カバン」と読ませるようになった。その「革」と「包」を一文字にした「鞄」を最初に考案使用したのが、1874(明治7)年に谷澤商店を創業した初代谷澤禎三であることは知られている。

 日清戦争がはじまり皮革が統制品になると、禎三はじゅうたんを素材にして「絨毯鞄」を創案するなどアイデアマンぶりを発揮した。

 そんなDNAを受け継いだ2代目甲七は、現タニザワの代名詞ともなる「ダレスバッグ」を発表する。

 1951(昭和26)年、サンフランシスコ講和条約準備のために来日した、後の国務長官ジョン・F・ダレスがタラップを降りる新聞報道を見た甲七の目に飛び込んできたのは、ダレスが左手に持っていた革のブリーフケース。

 革のなめし技術も未熟な時代、これまで見たこともない口金式の鞄にカルチャーショックを受けた甲七が、試行錯誤の末に完成させたのが「ダレスバッグ」である。

 ゆったりとしたブリーフケース型で、容量が多く、把手の下に幅広のストラップが付いているのが特徴である。

 戦争終結という時代を背景に「シンボル・オブ・ピース」のキャッチフレーズのもと、5000円ほどの価格で売り出したところ大ヒット商品となった。

 また53(昭和28)年、英国エリザベス女王の戴冠(たいかん)式に出席する皇太子殿下(現天皇陛下)に納入した旅行鞄「エアケース」は、皇太子ご成婚を記念して59(昭和34)年に発売。以来、定番商品となっている。

 タニザワの商品は表地が黒のブル素材(牛革)と裏地がピッグスキン(豚革)の組み合わせが主流で、139年の伝統を支えた職人たちもまた手縫いの技を代々伝承して健在である。

 シリアルナンバー付きダレスバッグは、6万6150〜12万6000円。エアケース9万7650〜10万8150円。

 「広く盛んに誠の品を売る」という家訓がタニザワの商いを守る。 (谷口和巳)

 ◆銀座タニザワ 東京都中央区銀座1の7の6 (電)03・3567・7551

 ■谷口和巳(たにぐち・かずみ) 団塊世代の編集者。4つの出版社を転籍、19の雑誌に携わり、編集長として4誌を創刊。団塊世代向け月刊誌『ゴーギャン』元編集長。『女優森光子 大正・昭和・平成−八十八年激動の軌跡−』『帝国ホテルの流儀』(共に集英社)などの書籍も手掛ける。

 

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