日本で初めて“男のきもの”専門店を出店 「銀座もとじ」

2013.08.01


泉二弘明さん【拡大】

 「襟を正す」「褌(ふんどし)を締め直す」という言葉は、もうめったに使われなくなった。これは気持ちを引き締めることを意味するのだが、和服でのしぐさから生まれた伝統の言葉なのである。

 この文化を「後世に残さなければ」と1979(昭和54)年に「もとじ呉服店」を個人創業したのが、泉二(もとじ)弘明さん(63)。

 体育の教師になるつもりで奄美大島から上京した泉二さんは、上京してすぐに腰を痛めて半年間の車椅子生活を余儀なくされる。目標を見失った泉二さんはある日、父親の形見として持っていた大島紬(つむぎ)に袖を通したとき「父の声が聞こえたような気がした」という。「30歳で銀座に着物の店を開く」と、そのときほぼ直感的に決意した。

 大事にしているのは「文化」だけではない。

 「蚕を育てる人、絹糸を紡ぐ人、染色する人、織る人など、一反の着物には作り手の人生が詰まっています」。だから、もとじの反物には、「種」「養蚕農家」「糸」「織」など、携わった人たちの名前が明記されている。「職人の顔が見えることが大切」と着物のトレーサビリティ(生産から消費・廃棄まで追跡可能な状態)をも追求する。

 95(平成7)年、銀座の風物である柳を使った「柳染め」に成功。剪定(せんてい)後は捨てられていた柳に息吹を吹き込んだ。銀座の泰明小学校でその柳染めの課外授業を始めて16年目になる。

 また2002(平成14)年には業界初となる男の着物専門店を銀座に出店。そして07(平成19)年、世界初となるオスの繭から紡がれた「プラチナボーイ」と命名された生糸を商品化した。「遺伝子レベルの話」だが、要はメスの糸に比べると艶、丈夫さ、糸の長さ、細さが別格なのだそうだ。

 もとじの最高級品である結城紬(重要無形文化財指定)は、一反の重さが380グラム、ふわりと手のひらに乗って着心地の良さが想像される。桐箱に入って、値段は4800万円の特別品である。着物一式50万円から。夏の浴衣は3万3390円から。

 親子三代とうたわれる着物は、移ろいやすい流行や使い捨ての消費社会とは一線を画す。365日着物で通す泉二さんには「環境にやさしく、モノを大切にしてきた和の文化の象徴」なのである。 (谷口和巳)

 ◆「銀座もとじ 男のきもの」 東京都中央区銀座3の8の15 (電)03・5524・7472

 ■谷口和巳(たにぐち・かずみ) 団塊世代の編集者。4つの出版社を転籍、19の雑誌に携わり、編集長として4誌を創刊。団塊世代向け月刊誌『ゴーギャン』元編集長。『女優森光子 大正・昭和・平成−八十八年激動の軌跡−』『帝国ホテルの流儀』(共に集英社)などの書籍も手掛ける。

 

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