世界の著名人うならせた天ぷら「銀座天一」

2013.09.05

 揚げられない食材はないという天ぷら。だが、天一本店ではあえて「揚げないもの」がある。牛蒡(ごぼう)、人参、インゲンなどで「旬や鮮度がわかりにくい素材」は出さない。

 天一のこだわりは、その味と、もうひとつ「感じがいいこと」というのは3代目の矢吹隆一さん(55)。「感じがいい」とは「お客さまからは見えないところへのこだわりです」。それは「におい」と「きれい」だという。

 創業は1930(昭和5)年。モガ・モボが銀座を闊歩(かっぽ)した時代。

 初代矢吹勇雄は進取の人で、33(昭和8)年、油煙がもうもうと上がる天ぷら店に「電気排気扇」をはじめて導入、ドイツで酸に強くさびないといわれた耐酸鋼を輸入して揚げ鍋を作らせた。日本最初のステンレス鍋である。

 当時、天ぷらは重い胡麻油だけで揚げるのが普通だったが、34(昭和9)年の秋、アメリカから入ってきた軽いサラダ油をいち早く混用したのも勇雄だった。さらに翌年、夏場の休業期に冷房機を取り付け通年営業を可能にした。

 器では、川喜田半泥子(かわきた・はんでいし)の赤絵の粉鉢、天つゆ皿、北大路魯山人のつゆ注ぎ、伊万里錦手のどんぶりなどそろえ、一流人士の美的鑑賞眼を刺激した。

 次々と革新的なアイデアを打ち出しつつ、勇雄は特に「従業員の身だしなみと掃除」にこだわった。その伝統は受け継がれ、油臭のない隅々まで清掃された店内は、およそ天ぷら店の想像を超える。

 創業当初から、天一は武者小路実篤や志賀直哉ら白樺派のサロンのように利用された。

 終戦直後、時の外相吉田茂は、公邸に設けた揚げ場でGHQの高官や各国の賓客を天ぷらでもてなした。その天ぷらを揚げていたのが勇雄だった。

 「技術だけでは、単なる職人にしかなれない。銀座の料理人は、技術プラス役者であってほしい。そのためには、中学の英語のリーダーを丸暗記する」ほど勉強しろと諭した。

 フランク・シナトラが「Ten−ichi Bravo!!!」とサインを遺し、40台の車列で訪れたクリントン大統領(当時)を椎茸の天ぷらで感動せしめたのは、見えない世界を大切にする日本文化の深奥に触れたからだろう。

 その値段、ランチ9500円〜1万4000円、ディナー1万2000円〜3万円ほど。一流の世界を味わってみたい。 (谷口和巳)

 ◆銀座天一本店 東京都中央区銀座6の6の5 (電)03・3571・1949

 ■谷口和巳(たにぐち・かずみ) 団塊世代の編集者。4つの出版社を転籍、19の雑誌に携わり、編集長として4誌を創刊。団塊世代向け月刊誌『ゴーギャン』元編集長。『女優森光子 大正・昭和・平成−八十八年激動の軌跡−』『帝国ホテルの流儀』(共に集英社)などの書籍も手掛ける。

 

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