「空中都市」支えたインカ道 マチュピチュ歴史保護区

★マチュピチュ歴史保護区

2013.09.27

 最近は東海道や中山道といった旧街道を歩く旅が人気ですが、これらの街道は江戸幕府によってその体制を維持する目的で整備されました。

 この日本の街道と似たものとしては、南アメリカ西部のアンデス山脈に沿うように南北約4000キロにわたる長大な領土を支配したインカ帝国のインカ道があります。

 このインカ道も日本の街道に似て「タンプ」と呼ばれる宿場が設けられており、一里塚ではありませんが約3キロごとに小屋が建てられ、「チャスキ」と呼ばれる飛脚も待機していました。

 インカ帝国には文字はありませんでしたが、その統治政策は日本の参勤交代とは違って非常に合理的。都市ごとに人口、産業などの情報を「キープ」と呼ばれる結縄(縄の結び目を使った伝達手段)に記録させ、チャスキ(飛脚)を介してそれらの情報を皇帝に伝達させていました。

 また、このインカ帝国は首都クスコに残る堅牢(けんろう)な石積みの壁にみられるように高度な文明を持っていました。まさしく黄金の帝国でしたが、16世紀にピサロ率いるスペイン人によって滅亡に追い込まれ、徹底的に破壊されました。

 そして帝国滅亡後、インカの皇族たちは財宝とともにビルカバンバへ逃れ、スペイン人に抵抗を続けたと伝えられています。

 今回はこの伝説上の黄金郷ビルカバンバを探し求めていたハイラム・ビンガムが発見した「失われた都市」マチュピチュ遺跡を紹介します。

 マチュピチュはクスコからウルバンバ川に沿って約114キロの奥深いアンデス山中にあり、南側に連なる山々には尾根に沿うように険しいインカ道が続いています。周囲はジャングルに覆われ、麓からはその姿は見えず、空からしか存在を確認できないことから「空中都市」と呼ばれています。

 自然石の上に建てられた石積みの見事な「太陽の神殿」やマチュピチュ最高点に立つ「太陽をつなぎとめる場所」を意味するインティワナ(日時計)、コンドルの石のある神殿など、多くの遺構が残るマチュピチュは謎が多く、まさしくインカの歴史は推理の宝庫です。

 コンドルの神殿では「コンドルは飛んでいく」のフォルクローレ(民族音楽)を連想します。コンドルはインカ時代には太陽の使者として宗教上も重要な役割を担っていました。

 この空中都市マチュピチュにも驚異のインカ道があったのを見るにつけ、高度な文明を支えたものは、やはり300年続いた日本の江戸時代の街道と同様、インカ道と呼ばれる“道”ではなかったかと思います。

 ■黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ) 慶應義塾大学経済学部卒。現在、クラブツーリズム(株)テーマ旅行部顧問として旅の文化カレッジ「世界遺産講座」を担当し、旅について熱く語る。

 

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