ホームで客を見送る「おもてなし」の心 峠の釜めし発売55年

2013.10.22

 益子焼の容器に入っていることで知られる「おぎのや」の「峠の釜めし」が発売55年を迎えた。その人気商品の釜めしを創案したのは4代目社長の故・高見沢みねじさん。1958(昭和33)年に、横川駅で販売を開始、陶器の釜に入った弁当として旅客の間に人気が高まった。

 発売時の価格は120円。普通の駅弁は100円程度だったというから焼き物の器がついた分、割安感があった。最近では見られないが、当時は空き容器を家に持ち帰り、おかゆを炊いたり、植木鉢などに利用していた。

 知名度が上がったのは、59(昭和34)年、週刊文春で紹介されてから。さらに、67(昭和42)年には、フジテレビで池内淳子の主演で、みねじ社長をモデルとしたテレビドラマ「釜めし夫婦」が放送され一気に全国に知られるようになった。

 旧国鉄の「関連事業の歩み」(日本国有鉄道刊)によると、日本で最初の駅弁は1885(明治18)年、日本鉄道会社の宇都宮駅が開通したときに駅前の「白木屋」がおむすびにたくわんを添えた駅弁を発売したのがはじめとあるが、今はなく、2番目に駅弁を発売したと記される「おぎのや」は最古の駅弁販売会社でもある。

 同社では「峠の釜めし誕生55年祭」と銘打って10月から12月末まで、企画対象商品に添付されたシールを集めると峠の釜めしがもらえるキャンペーンを展開している。 (広告・イベント研究家 熊野卓司)

 ■『仕事のヒント』

 「おぎのや」についてはこういったエピソードもある。信越線が長野駅まで往来していたときは、横川駅では峠の急勾配を上り下りするための機関車を着脱する停車時間があった。その間を利用して売り子が弁当をホームで売り歩き、客は窓から買い求めた。そして、列車の発車に合わせて売り子たちがホームに勢ぞろい、帽子を取り深々と腰を折って見送った。

 ある時、その光景に感激した長野県の乗客から小寺弘之群馬県知事(当時)あてに感謝のはがきが届いた。偶然にも筆者は観光課で打ち合わせ中だったが、知事室から観光課長に、はがきがまわったときの驚きを今でも覚えている。ホームでのお見送りも「おもてなし」のひとつだったのだ。「接客」というテーマは、オリンピックも視野に入れた日本の課題だ。

 

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