伊場仙、400年の歴史がある扇子・うちわの老舗専門店

2014.02.20


伊場仙【拡大】

 初代伊場屋勘左衛門が1660(万治3)年に70歳で鬼籍に入ったと過去帳にあるが、「伊場仙」の創業年は不明である。それで、勘左衛門の生誕年1590(天正18)年を創業とした。

 遠州伊場村(現浜松市伊場町)出身の勘左衛門は、当初は土木工事など江戸の街づくりに貢献し、のちに籠やつづらに使用する和紙、竹材などを扱う幕府御用商人となった。

 古代エジプトの壁画や高松塚古墳の壁画にも柄の長い団扇のようなものが描かれているが、元は威儀道具であり、それが日本では奈良時代から平安時代にかけて薄い檜の板を重ねた檜扇(ひおうぎ)となる。

 檜扇自体が重かったので、持ち運びに便利なように紙と竹でつくった日本独自の「蝙蝠(かわほり)」と呼ばれる扇子が誕生、和歌を書いて贈り物にしたり、投扇興という公家の遊びにも使われた。

 「15世紀頃に宣教師が持ち帰った扇子が和紙も竹もないヨーロッパでシルクの扇子になり、中国では白檀の扇子になった」というのは、14代目の吉田誠男さん(65)。「屋号が伊場仙となるのは、10代目仙三郎の代から」。

 一方、団扇は、武将が軍を指揮する「軍配団扇」となり、現在でも相撲の行司が手にする軍配に名残をとどめる。

 伊場屋が団扇を手掛けるようになるのは江戸中期である。

 和紙を扱っていたことから、初代歌川豊国、歌川国芳、歌川広重など歌川派の絵師の版元となり、豊国の美人画、国芳の役者画、広重の名所図会(風景画)など木版多色刷りの浮世絵を団扇に刷り込むことを考案。公家や武家の持ち物だった団扇が一気に庶民の間に広まったのである。扇子が一般的になるのは団扇より遅れて江戸後期になる。

 「当時の浮世絵は、襖に張ったり和装本の挿絵だったりで、残っているのがまれです。いきなりアートになったのですから」という伊場屋版の浮世絵は、国内はもとより大英博物館、メトロポリタン美術館など海外の美術館でも見ることができる。

 茶道、能、舞の世界から冠婚葬祭、歌舞伎の襲名披露や竣工式などそれぞれのシーンで役割のある扇子は、日本の伝統文化を象徴する1本。外国人への贈り物に最適である。(谷口和巳)

 ◆伊場仙 東京都中央区日本橋小舟町4の1 (電)03・3664・9261

 ■たにぐち・かずみ 団塊世代の編集者。4つの出版社を転籍、19の雑誌に携わり、編集長として4誌を創刊。団塊世代向け月刊誌『ゴーギャン』元編集長。『女優森光子 大正・昭和・平成−八十八年激動の軌跡−』『帝国ホテルの流儀』(共に集英社)などの書籍も手掛ける。

 

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