消えゆく江戸文化に灯りともす 都行燈

2014.02.27


木崎雅徳さん【拡大】

 格子や障子、欄間など建具の組子職人だった木崎吉五郎が、1880(明治13)年頃に組子の技を生かした輸出用の額縁作りを始めたのが創業のきっかけだった。

 「曾祖父の吉五郎は組子の名人といわれた」人で、「父の代までは10人ほど腕のいい職人がいた」というのは、社長である兄の貴幸さんとともに現在4代目を継承する木崎雅徳さん(48)。

 「他に行燈(あんどん)作りをする修業先がなかったこと」から高校を卒業してすぐに雅徳さんは、家業お抱え職人の弟子となった。

 行燈は、室町時代に禅僧が使っていた携帯用の灯りが基といわれている。普及したのは江戸時代になってからで、蝋燭(ろうそく)が高価だったので菜種や胡麻などの植物油、鯨や鰯などの魚油を使った。石や陶器の皿に油を入れ木綿などの灯心に火をつけた。風で炎が消えないように、竹や木で作った枠に和紙を貼ったものが行燈である。

 行燈ができる前は、火皿に灯すだけで枠の囲いはなく、明るいのは炎のそばだけ。これを和紙で囲うと部屋全体に光が広がるのである。

 「LEDのような機能優先の明かりではなく、拡散光の灯りが特長」であり、「これが日本の灯りです」と雅徳さんは話す。

 ただし、その明るさは「1〜2ワット程度」というから、江戸時代までの日本の夜がいかに薄暗かったか想像できる。

 「有明行燈」と呼ぶ枕元に置く常夜燈は、この時代に生まれたものである。

 美濃和紙を貼った行燈に、満月型と三日月型に掘り抜いた秋田杉の漆塗りの枠をかぶせて光量を調節できる江戸風情たっぷりの有明行燈(受注生産9万8000円〜)は、伝統を受け継ぐ都行燈の業(わざ)のたまものである。

 木を削り、枠を組み、和紙を貼る。ただそれだけのことに10年は修業を重ねてやっと一人前といわれる技芸の世界。

 「私の手元を見つめる代々の目、特に父の目を感じます」という雅徳さんの職人魂は、時代を超越する。 (谷口和巳)

 ■都行燈 東京都荒川区東日暮里4の26の10 (電)03・3803・1755

 ■たにぐち・かずみ 団塊世代の編集者。4つの出版社を転籍、19の雑誌に携わり、編集長として4誌を創刊。団塊世代向け月刊誌『ゴーギャン』元編集長。『女優森光子 大正・昭和・平成−八十八年激動の軌跡−』『帝国ホテルの流儀』(共に集英社)などの書籍も手掛ける。

 

注目情報(PR)

産経デジタルサービス

産経アプリスタ

アプリやスマホの情報・レビューが満載。オススメアプリやiPhone・Androidの使いこなし術も楽しめます。

産経オンライン英会話

実践で使える英会話を習得!業界最高峰の講師がサポートします。毎日話せて月5000円《まずは無料体験へ》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

サンスポ予想王TV

競馬などギャンブルの予想情報を一手にまとめたサイト。充実のレース情報で、勝利馬券をゲットしましょう!