桂宮殿下 薨去 天皇陛下のいとこ

2014.06.08


桂宮殿下【拡大】

 三笠宮崇(たか)仁(ひと)親王殿下の第2男子で、天皇陛下のいとこにあたる桂宮(かつらのみや)宜(よし)仁(ひと)親王殿下が8日午前10時55分、急性心不全のため東京都文京区の東京大学医学部付属病院で薨(こう)去(きょ)された。66歳のご生涯で、皇位継承順位は第6位だった。桂宮さまは昭和63年5月、お住まいの宮邸の寝室で倒れて以来、右半身が不自由となり、リハビリテーションを受けられていた。ご本葬にあたる「斂(れん)葬(そう)の儀」は約1週間後に東京都文京区の豊(と)島(しまが)岡(おか)墓地で執り行われるとみられる。桂宮さまは独身のため、桂宮家は断絶する。桂宮さまの薨去により、皇室の方々は21方となった。

 日・豪・ニュージーランド協会総裁のほか、大日本農会、大日本山林会、日本工芸会、日本漆工協会の各総裁を務められた。

 心筋症の持病があったほか、宮家創立から約半年後の63年5月26日には、宮邸の寝室で倒れられているところを発見された。当時のご年齢は40歳だった。

 都立広尾病院に入院し、診断の結果、頭蓋骨(ずがいこつ)の内側にある硬膜と、くも膜の間から出血する「急性硬膜下血腫」と分かり、緊急手術を受けられた。右半身まひなどのご障害が残ったものの、リハビリに取り組み、平成3年には公務にご復帰。総裁を務める各団体の表彰式などに、20年まで出席されていた。

 20年9月には、高熱が続いたため東京大学医学部付属病院にご入院。診察の結果、血液に細菌が入る「敗血症」と診断された。

 一時は重篤なご症状に陥ったことから、ICU(集中治療室)で治療を受けたが、21年3月に退院し、療養されていた。

 また23年12月には、唾液などが気管に入って起こる誤(ご)嚥(えん)性肺炎を防ぐため、気管(喉頭)を閉じる手術を受けたほか、26年1月〜3月にも発熱が続いたため東大病院に入院するなど、入退院を繰り返し、長い闘病生活を送られた。

 お住まいの桂宮邸は東京都千代田区三番町。兄の寛(とも)仁(ひと)親王殿下は24年6月、弟の高円宮憲(のり)仁(ひと)親王殿下は14年11月、薨去されており、三笠宮さまのご子息はお3方全員が亡くなられた。

 

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