アテネのアクロポリス ギリシャ栄光の象徴「パルテノン神殿」

★アテナイ(アテネ)のアクロポリス

2014.10.24

連載:ライフ


古代ギリシャの象徴・パルテノン神殿【拡大】

 私は今、「ヨーロッパ歴史講座」の講義もしており、「ヨーロッパで最も世界遺産らしい世界遺産は何ですか?」と問われることがしばしばあります。その際には、「やはりギリシャの神殿でしょう」と答えています。

 なぜなら、「すべての道はローマに通ず」と言われますが、文化的にはやはりギリシャがローマの精神的側面を支えたと思うからです。正確にはアレクサンドロス大王のペルシア征服によって生まれた「ヘレニズム文化」がローマを偉大な帝国にしたのではないかと考えています。

 そこで、今回は世界で最も知られている「アテナイ(アテネの旧名)のアクロポリス」を紹介します。このアクロポリスはアテネの海抜150メートルの岩の上に立っており、古代ギリシャのポリス(都市国家)のシンボルでした。

 アクロポリスは「高い丘の上の城市」という意味で、ミケーネ時代(BC1600年頃)にアテナイの守護神の神殿が今日の丘の上に建てられました。

 それらはBC5世紀半ばのペルシア戦争時に破壊されましたが、戦争に勝利したアテナイの指導者ペリクレスは、フェイディアスを総監督として大々的に再建させたのです。すなわち、アケメネス朝ペルシアの攻撃に備えて結成されたポリス間の軍事同盟(デロス同盟)の盟主となり、この各ポリスからの軍事資金を流用してアテナイの公共事業を行ったのです。

 現在、この丘には古代ギリシャ建築を代表する4つの傑作が残っています。ドーリア式建造物の最高峰であり、民主政アテナイの象徴としてのパルテノン神殿、壮大な大理石の柱を持つ神域への門とされるプロピュライア、イオニア式建築の代表作で6体の少女姿の柱像(カリアティード)で知られるエレクテイオン、スパルタとの戦争(ペロポネソス戦争)の勝利を祈ってアテナイの守護神であるアテナ女神を祀ったアテナ・ニケ神殿です。

 これらの遺跡はアテナイのみならずギリシャの栄光の象徴ですが、そのギリシャはポリス間の争いで衰退、マケドニアの英雄、アレクサンドロス大王の軍門に降りますが、逆にマケドニアに敗北したが故にギリシャがひとつになったといわれています。ナポレオンが現れてドイツ民族がひとつになったのと似ていますが、歴史はやはり繰り返すのでしょう。

 ■黒田尚嗣(くろだ・なおつぐ) 慶應義塾大学経済学部卒。現在、クラブツーリズム(株)テーマ旅行部顧問として旅の文化カレッジ「世界遺産講座」を担当し、旅について熱く語る。

 

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