【戦後70年、今も輝く 英霊たちの足跡】シンガポール 戦跡記念碑が“語る”大東亜戦争の意義 (1/2ページ)

2015.01.25


マーライオン像で知られるシンガポールには、英霊たちの足跡が各地に残っている【拡大】

★(5)

 「イエスかノーか」

 大東亜戦争緒戦のシンガポール攻略時、「マレーの虎」と呼ばれた山下奉文将軍は、英軍のパーシバル将軍にこう降伏を迫った。気迫がひしと伝わってくる言葉だ。シンガポール島の南、セントーサ島にあるろう人形館には、この名シーンを再現した見事な人形がある。

 また、島の博物館には、日本が戦争に突入した経緯として「米国と英国、中国、オランダによる『ABCD包囲網』で、石油や鉄などを禁輸され、戦うか降伏するかを迫られた」と、大きな展示パネルで紹介されている。日本の領土的野心を見事に否定しているから驚きだ。

 そして、シンガポール中西部のブキバトックの丘陵には、日本軍がシンガポール占領後に建てた「昭南忠霊塔」の石段が残されている。散華した日本軍将兵を顕彰したものだが、山下将軍はこの忠魂塔の裏側に、高さ約3メートルの大きな十字架を建て、英軍兵士の霊も弔った。

 なんとこうした史実が、シンガポールの中学2年生の教科書『現代シンガポールの社会経済史』(1985年版)で紹介されおり、マレー半島南部のゲマスにおける戦闘について、以下のように記している。

 「オーストラリア兵の勇気は、日本兵、特に彼らの指導者によって称賛された。敬意の証しとして、彼らはジェマールアンのはずれの丘の斜面の、オーストラリア兵200人の大規模な墓の上に、一本の巨大な木製の十字架をたてることを命じた。十字架には『私たちの勇敢な敵、オーストラリア兵士のために』という言葉が書かれていた」

 まさに武士道精神である。

 

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