【戦国兄弟の生き方】武田信玄と信繁 徹底した「無私」の精神で兄を支え続ける (1/2ページ)

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2016.01.07


武田信玄像=JR甲府駅前【拡大】

 今日は、武田信玄・信繁(のぶしげ)兄弟である。

 この兄弟の幼名は、「兄」信玄は太郎、「弟」信繁は次郎と、連載1、2話で取り上げた真田兄弟と違って「まっとう」である。(=もっとも、信玄には7歳で早世した兄がいたし、信玄と信繁の間にはこれまた7歳で死んだ『三男』がいたが…)

 今年のNHK大河ドラマ「真田丸」の主人公、真田幸村(信繁)の父、昌幸は、自分の主家筋である武田家の兄弟では、この信繁が好きだった。いや、心酔していた。自分の息子の1人に「信繁」と命名したのも、それゆえだと聞く。

 さて、戦国時代の英雄の1人、「風林火山」の武田信玄(=彼には、太郎、勝千代、晴信、信玄と、いくつも呼び名があるが、分かりやすさを優先して『信玄』に統一する)はなぜか、父の信虎(のぶとら)に疎まれていた。信虎は、あまり学問が好きではなかった。というより、そういう環境に育ってこなかった。それゆえか、独断専行の傾向があった。

 そんな信虎にとって、嫡男である信玄の、訳知り顔の、一見傲慢にも見える一連の振る舞いが、かんに障った。板垣や飯富(おぶ)といった年来の家臣たちの離反の兆しと信玄の立ち位置とが、微妙に映っていたかもしれない。

 信虎は、信玄よりも、優しくおとなしい、本好きの「弟」信繁の方をかわいがった。信虎は、この信繁が、さまざまな漢籍(中国の書物)に親しむことは黙認していた。

 

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