松の丸殿と伏見城 秀吉の杯めぐり淀殿と争い (2/2ページ)

2016.01.16


伏見城【拡大】

 慶長3(1598)年春、秀吉主催の「醍醐(だいご)の花見」では、1番が北政所、2番が淀殿、3番が松の丸殿という輿(こし)の順番だった。このとき、秀吉からの杯をめぐり、松の丸殿と淀殿が争った出来事は、のちの世にまで受け継がれた有名な話だ。

 関ケ原の合戦では、弟、京極高次(たかつぎ)の居城、大津城(滋賀県大津市)に身を寄せ、徳川方(東軍)に付いた。

 慶長19(14)年の大坂夏の陣で、淀殿・秀頼(ひでより)母子が亡くなると、松の丸殿は、京都・六条河原で処刑された秀頼が側室に産ませた息子、国松の遺体を引き取り、誓願寺(京都市中京区)に埋葬している。晩年は同寺で余生を過ごし、寛永11(1634)年、80歳で亡くなった。 =次回は武田勝頼の正室、北条夫人と新府城(山梨県韮崎市)

 【所在地】京都府京都市伏見区桃山町大蔵45
 【交通アクセス】JR奈良線「桃山」駅下車、徒歩約15分。京阪線「伏見桃山」駅下車、徒歩約20分。

 ■濱口和久(はまぐち・かずひさ) 1968年、熊本県生まれ。防衛大学校材料物性工学科卒。陸上自衛隊、舛添政治経済研究所、栃木市首席政策監などを経て、現在、拓殖大学地方政治行政研究所客員教授、一般財団法人防災検定協会常務理事を務める。著書に『探訪 日本の名城 戦国武将と出会う旅(上巻・下巻)』(青林堂)など。

 

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