認知症になっても大丈夫 「700万人」が日本人の意識を一新する 古川雅子(ジャーナリスト) (1/4ページ)

2016.02.14

認知症になっても大丈夫 「700万人」が日本人の意識を一新する
認知症になっても大丈夫 「700万人」が日本人の意識を一新する【拡大】

  • <p>若年性認知症と診断された佐藤雅彦さんの著書『認知症になった私が伝えたいこと』</p>

 厚生労働省は、2025年には全国の認知症高齢者の数が最大730万人に上るという推計値を出している。高齢者の5人に1人という割合は、かなりインパクトがある数字だ。しかも、2060年には1154万人(高齢者の3人に1人)まで増えるというから、もはや誰にとっても認知症が「他人事ではない」時代が目の前に迫っている。 (総合オピニオンサイト iRONNA

 しかし、この数値から何を読み解くかは、認知症というものをどう捉えているかという私たちそれぞれが持つ視点で大きく違ってくる。

 認知症イコール「徘徊」、もしくは「問題行動」などと短絡的にラベルを貼り当事者そのものを問題視すれば、700万人、1100万人といった数字がそのまま、社会を脅かす事態を想像させてしまう。そういう視線は、認知症の人を追いつめるばかりだ。家や施設に閉じ込められる暮らしというものを、リアルに想像してみてほしい。それは当事者にとってとてつもなく窮屈だし、見守る家族も身動きが取れなくなって負担は増すばかりだ。

 もちろん、深刻な問題は存在する。認知症やその疑いがあり行方不明になる人が年間1万人を超えるとの報告もあり、実際に当事者による鉄道事故も起きた。今、認知症の人が起こした事故や事件の責任を誰がどう負うべきか、いろいろな場で議論が繰り広げられている。

 人々がこうした議論の行方を固唾を飲んで見守っているのは、私たちは今、この社会が「どっちの方向」に向かっていくかの境界線に立っているからだろう。「どっちの」というのをざっくり述べるならば、(1)〈事故や事件を防止するため安全策を講じる〉、(2)〈認知症の人の視点に立ち、本人や家族を含む「当事者たちが暮らしやすい社会」をつくる〉

 という方向性である。

 (1)の「事故や事件を防止する」ことは、当事者の安全を第一に考えるという目的では、一見当事者や家族を救う手立てのようにも見える。しかし、「私たち社会の側が巻き込まれたらたまらないから、当事者への監視を強化する」という意図を優先して「(私たち社会の側の)安心を!」とキャンペーンを張るならば、たちまち「認知症になどなりたくない」「なったら終わり」というような恐れが蔓延しかねない。

 

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