【沖縄が危ない】17歳の特攻隊員を忘れない 再び沖縄に迫る脅威に断固立ち向かう決意を (1/2ページ)

2016.02.28

有馬兵長
有馬兵長【拡大】

  • <p>石垣島に建立された伊舍堂中佐と隊員の顕彰碑</p>

★(5)

 太平洋を望む沖縄県・石垣島の埋め立て地に、沖縄戦で石垣島から出撃した特攻隊「誠第十七飛行隊」の顕彰碑がある。隊員は10人。島出身の隊長、伊舍堂用久(いしゃどう・ようきゅう)大尉(=特攻後、中佐に昇進)をはじめ全員が戦死した。最年少は17歳で、鹿児島県出身の有馬達郎兵長(=同、少尉に昇進)ら2人である。

 石垣島に滞在当時の有馬兵長に、面白いエピソードが残っている。

 住民が豆腐を作ろうと、大豆をひき臼でひいていると、通りかかった有馬兵長が興味深そうに近づき「豆腐のおこげが食べたい」と言い出した。豆腐を鍋で熱したあと、鍋にこびりついている「おこげ」である。彼の郷里では「おこげ」を食べる習慣があるという。

 住民がおこげを振る舞うと、彼は「軍隊で豆腐のおこげが食べられるなんて、夢みたいだ」と喜んだ。立ったまま、おいしそうに食べていたという。

 郷里から遠く離れた石垣島。17歳の少年はその生涯で、この時、おこげを口にした以上の喜びを幾つ経験できただろうか。

 有馬兵長は石垣島から、台湾に住む年下の知人宛てに「お兄ちゃんは海にタコを取りに行ったよ」と書いていた。1945年4月2日、沖縄海上で特攻死−。こんな無邪気な少年が、敵艦隊に体当たりするため出撃した時代だった。

 私は2年前、鹿児島県で講演し、有馬兵長を紹介した。聴衆は約200人で、よもや、彼を知っている人がいるとは思わなかった。

 ところが、石垣島に戻ったあと、会場にいた菊野和郎さんという80代後半の元自衛官から手紙が届いた。

 

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