【共産党研究】かつては「靖国」でも中国共産党を痛烈批判していたのだが…関係正常化後は中国寄り (1/2ページ)

2016.03.04

1998年7月、日本共産党の不破哲三委員長(左、当時)が訪中し、胡錦濤副主席(右、同)と会談した
1998年7月、日本共産党の不破哲三委員長(左、当時)が訪中し、胡錦濤副主席(右、同)と会談した【拡大】

★(3)

 私が入党した1967年当時、日本共産党と中国共産党は、大げんかの最中だった。当時、毛沢東主席は「日本人民の前には4つの敵(=(1)米帝国主義(2)佐藤栄作内閣(3)ソ連共産党(4)日本共産党)がいる」として、その打倒を呼びかけていた。

 きっかけになったのは、毛主席が「文化大革命」を契機として、武力闘争絶対化方針や、ソ連共産党への非難を押し付けてきたのに対し、日本共産党がこれを拒否したことだった。当時の「赤旗」には、毛主席や中国共産党批判が載らない日はなかったぐらいだ。

 この関係は、98年6月に関係が正常化されるまで、32年間も続いた。この間の日本共産党の中国批判は、実に手厳しいものであった。

 例えば、靖国参拝問題である。85年8月15日、中曽根康弘首相(当時)が公式参拝したのに対し、中国が抗議の声をあげた。抗議の内容は、「A級戦犯が合祀されている」ということに絞ったものであった。

 こうした中国の態度に、日本共産党は「靖国問題の核心はA級戦犯合祀問題ではない」「中国政府の態度は重大な内政干渉である」と厳しく批判したのである。

 だが、関係正常化した現在は、靖国神社について「侵略戦争を、自存自衛の正義の戦い、アジア解放の戦争と美化し宣伝することを存在意義とする」「A級戦犯が(中略)犠牲者として合祀されている」(志位和夫委員長、2014年1月29日、衆院本会議)などと、その態度を中国寄りに転換させているのである。見事なまでの豹変(ひょうへん)ぶりだ。

 

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