【世界最強だった日本軍航空部隊】勇戦敢闘し続けた撃墜王“剣部隊” 歴戦の勇士が作り上げた航空自衛隊 (1/2ページ)

2016.06.25

日本帝国海軍が誇った戦闘機「紫電改」。愛媛県愛南町の「紫電改展示館」で保存されている
日本帝国海軍が誇った戦闘機「紫電改」。愛媛県愛南町の「紫電改展示館」で保存されている【拡大】

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 先の戦争末期、米軍の心胆を寒からしめる大戦果を挙げた日本海軍の最精強航空部隊があったことを、どれだけの日本人が知っているだろうか。

 敗色濃厚の1944年12月、源田実大佐は「本土防空戦の切り札」として、凄腕のエース・パイロット(撃墜王)をかき集め、当時、海軍最新鋭で最強だった戦闘機「紫電改」で編成された“超精鋭部隊”の創設に踏み切った。第343海軍航空隊、通称「剣部隊」である。

 源田氏自らが司令を務め、飛行長には、真珠湾攻撃やミッドウェー海戦を経験した志賀淑雄少佐を据えた。隷下部隊には、鴛淵孝大尉を隊長とする第701飛行隊と、林喜重大尉率いる第407飛行隊、菅野直大尉率いる第301飛行隊の、3個戦闘飛行隊(計48機)が置かれた。

 集められた撃墜王は、「120機撃墜」の杉田庄一上飛曹をはじめ、ラバウル航空隊で大活躍した宮崎勇少尉と本田稔兵曹、支那事変から戦い続けた松場秋夫中尉と坂井三郎中尉などだ。「空の宮本武蔵」と呼ばれた武藤金義少尉も後に加わるなど、まさにオールスターチームだった。

 そして、343航空隊は45年3月、松山上空での空中戦で、撃墜57機(=グラマンF6FヘルキャットとチャンスボードF4Uコルセアを53機、カーチスSB2Cヘルダイバーを4機)という大戦果を上げた。未帰還機は13機だった。この知らせに、本土空襲などで意気消沈していた日本国民は歓喜した。

 

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