【世界最強だった日本軍航空部隊】特攻隊の知られざる戦果 後に畏敬の念が、世界平和を守る日米同盟に (1/2ページ)

2016.06.26

日本海軍の零式艦上戦闘機(零戦)
日本海軍の零式艦上戦闘機(零戦)【拡大】

★(5)

 1944年10月25日、フィリピン・レイテ沖で作戦行動中の米護衛空母群に、250キロ爆弾を抱いた日本海軍の零式艦上戦闘機(零戦)5機が次々と突っ込んでいった。うち1機が、米護衛空母「セント・ロー」に体当たりして爆発した。同艦は大爆発とともに波間に消えた。

 これらは、ルソン島から飛び立った関行男大尉率いる神風特別攻撃隊・敷島隊による攻撃だった。同じ日、敷島隊以外の特攻機13機もフィリピン各地から出撃し、大きな戦果を上げた。

 この日だけで、「セント・ロー」のほか、護衛空母「サンチー」と「スワニー」「カリニン・ベイ」が大破し、護衛空母「サンガモン」「ペトロフ・ベイ」「キトカン・ベイ」が損傷した。米軍は128機を失い、戦死・行方不明者は1500人、戦傷者は1200人に上った。

 これは、わずか18機による戦果である。神風特別攻撃隊による体当たり攻撃は、その是非はともかく大勝利だったのだ。

 ところが、戦後のマスコミや学識者は、特攻攻撃を「指導部の愚策」と揶揄(やゆ)し、「特攻攻撃は犬死だった」とする報道や解釈が大勢を占めてきた。私は、これは大きな間違いだと思う。

 44年10月25日に始まった航空特攻は、45年8月15日までの約10カ月間に、海軍が2367機、2524人。陸軍の特攻機は1129機、1386人が散華した(=資料によってデータは多少異なる)。

 一方、特攻で撃沈・撃破された連合軍艦艇は、筆者の調べでは、278隻にも上り、300隻超とする資料もある。米軍だけをみても、日本陸海軍機の特攻攻撃によって、戦死者が約1万2300人、重傷者は約3万6000人に上り、あまりの恐怖から戦闘神経症の患者が続出した。

 

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