【昭和のことば】「アッパッパー」(昭和元年) 百貨店ではホームドレスと呼んで気を配っていたが…

2017.02.08

 大正15(1926)年12月25日、葉山の御用邸で天皇崩御。摂政裕仁親王が践祚(せんそ)し、昭和と改元された。

 昭和元年は実質7日間である。この年(大正15年含む)にはやったことば「アッパッパー」とは、ワンピースタイプの女性用夏季簡易服のことである。

 百貨店では、ホームドレス(家庭着)と呼んで、買い手の自尊心を傷つけないように気を配っていたが、夏になると、娘さんはもとより、丸髷の奥さんから膏薬(こうやく)まみれのおばあさんまで、至るところで、このアッパッパースタイルを目にした。このことば自体がはやったのは、「便利さを追求するだらしなさ」のようなものに、いまだ時代が不寛容だった名残からか。

 この年の主な事件は、「治安維持法初適用(京都学連事件)」「東京・京橋局で、初のダイヤル式自動電話開設」「第一次若槻礼次郎内閣成立」「浜口雄幸蔵相、議会で金解禁尚早と発言」「東京・上野両駅にドイツ製自動入場券販売機」「銀座松屋デパートの屋上からはじめての飛び降り自殺。『カフェーの恋の末路』と報じられる」「日本放送協会設立」「同潤会、中ノ郷アパート、青山アパート、各建築を完成」「日本航空、初の海外定期航空便、大阪・大連間を開業」「明治神宮外苑完成・奉献式」「社会民衆党、日本労農党結成」など。

 川端康成『伊豆の踊子』刊行。人見絹枝がスウェーデンの第二回国際女子陸上競技大会走り幅跳びで優勝した。

 昭和の中頃でも、この「アッパッパー」なることばは残っていた。いま50代以上の人だと、母親がこのことばを口にしていたのを、聞いた覚えがあるだろう。当時、アッパッパーは飛ぶように売れたという。

 洋服のつもりで着ているわけでもなく、サンダルをつっかけてちょっとそこまで。こんな陽気な気軽さが、戦前の一風俗としてしばらくの間、流行していた。 (中丸謙一朗)

 〈昭和元(1926)年の流行歌〉 「鉾をおさめて」(藤原義江)「この道」(童謡)「酋長の娘」(石田一松)

 

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