政権交代で夢見た“日中蜜月”と副作用

2012.01.28


中国の胡錦濤国家主席(右)と会談する民主党・小沢一郎幹事長=2009年12月10日、北京の人民大会堂(代表撮影・共同)【拡大】

 国際社会の中国包囲網についてのアメリカの見方を先週紹介したが、今回はその続編として包囲網の中で重要な役割を果たす日本に対する見方を紹介したい。

 著名な戦略家であるエドワード・ルトワック氏は昨年10月、中国の急激な経済成長と軍備拡張が日本など周辺国との軋轢(あつれき)を引き起こし、それを封じ込めようとする動きが今後、加速することを予測する論文を書き上げた。実際、オバマ米大統領は中国封じ込めを示唆するような演説を行い、中国の影響圏にあったミャンマーが突然、欧米寄りの民主化路線を選択、予測を裏付ける動きが確かに目立ち始めている。

 そうした中で日本についての分析の大半は、民主党政権誕生にともなう日中、日米関係の劇的な変化についてだった。

 2009年9月の政権交代直後、民主党の小沢一郎幹事長は議員ら総勢600人の訪中団を組織しており、民主党が模索する日中蜜月時代の到来を予感させた。そのときの小沢氏と支持グループの考え方を推測すると、「アメリカはいずれ衰退し、中国が勃興する。中国とともに繁栄すべき」という赤裸々なもので、当然、日米同盟の弱体とともに沖縄の普天間基地の国外移転などが念頭にあったとみられる。

 もちろん、この政策は自民党との対立軸として考え出されたとみられるが、小沢氏は胡錦涛主席との謁見の席上、自らを「日本解放軍の野戦司令官」などと紹介しており、本気でアメリカ(日本の戦後体制)からの自立(解放)を考えていた可能性がある。

 ともあれ政権交代で日米同盟は最も危うい時期を迎えた。その一方で日中関係は蜜月へと大きく舵が切られたわけだ。

 その蜜月ムードに冷や水をかけたのが2010年9月、尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件だった。このとき中国では日本企業の店舗が暴徒に襲われ、中国訪問中の日本人ビジネスマンが何の前触れもなく逮捕された。さらにレアメタルの輸出がストップされ大騒ぎとなった。

 この矢継ぎ早の報復に民主党政権は震えあがったのである。

 実は外務、防衛両省はロシアと中国の戦闘機による領空侵犯が政権交代後に急増し、航空自衛隊機による迎撃が増えていることに憂慮し、日米同盟強化論が強まっていた。特に中国の場合、2009年だけで96回もの侵犯を冒しており、その数字はそれまでの2・5倍で、50キロ以上も入り込んだケースさえあった。

 こうした領空侵犯について米国防総省は「日米同盟の弱体化の中での日本の防衛能力を試したかったのだろう」と分析していた、という。

 いずれにせよこの時期、民主党指導部の外務官僚批判は厳しさを増しており、政治主導による外交を強く主張していた。もし漁船衝突事件が小沢氏とそのグループを沈黙させることがなければ、おそらく日本外交は中国との蜜月へと重心を移していった可能性が高いのである。

 ■前田徹(まえだ・とおる) 1949年生まれ、61歳。元産経新聞外信部長。1986年から88年まで英国留学。中東支局長(89〜91年)を皮切りに、ベルリン支局長(91〜96年)、ワシントン支局長(98〜2002年)、上海支局長(06〜09)を歴任。

 

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