【ニッポンの分岐点】日韓関係(3)歴史認識 政治決着も埋まらない溝 (2/3ページ)

2014.01.27


1995年11月、大阪での首脳会談を前に握手する当時の村山富市首相(右)と金泳三韓国大統領。閣僚発言をきっかけに直前まで開催が危ぶまれた【拡大】

 ◆日本の痕跡を消去

 日本統治時代に少年期を過ごした金に強い反日感情はないとみられてきた。通訳の日本語の間違いを正し、官邸でNHKの衛星放送を好んで見ては秘書官らに指示を出したともいう。

 だが、光復(解放)50年に当たる95年に旧朝鮮総督府庁舎を撤去するなど、日本の痕跡を消し去る事業を推進した。竹島(島根県隠岐の島町)にも船の接岸施設を建設。日本の反発を無視し、実効支配を強めた。

 孔は「日本に悪感情があったわけではない。阪神淡路大震災でも真っ先に援助を指示した」と金を擁護するが、小倉は「成熟した民主政権とはいえず、政権の正統性を示す上でも日本に厳しい態度になりがちだった」との見方を示す。

 そうしたなかで、95年の首脳会談に合わせ、孔が提案したのが日韓共同の歴史研究事業だ。「歴史観の統一は難しくとも、相互理解には事実の共同認識を広げていく努力しかない」との信念からだった。

 これに対し、小倉は「政治から自由であってこそ学術研究として意味がある。外交手段として共同認識を作る発想は間違いだ」と反駁(はんばく)する。「親日派の評価を含め、韓国が自国の歴史を客観視しているか」についても大きな疑問があった。

 紆余(うよ)曲折を経て97年に共同研究のための有識者会議が発足、2002〜10年には共同研究が実施された。しかし、政治的に「正しい歴史」を掲げる韓国側研究者と客観性にこだわる日本側の認識の隔たりが縮まることはなく、「共同認識」とはほど遠い結果に終わる。

 

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