【韓国の本性】「1000年の恨み」主張するなら 「元寇」高麗軍の蛮行への謝罪が先だ! (1/2ページ)

2014.08.29


朴槿恵大統領【拡大】

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 「加害者と被害者という立場は、1000年経っても変わらない」

 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は昨年3月、独立運動を記念する政府式典の演説で、こう言い放った。ならば、七百数十年前の「元寇」のとき、韓国・北朝鮮の前身国家である高麗の兵が行った残虐行為の数々も当然、裁かれるべきだろう。

 日蓮聖人の遺文を集めた『高祖遺文録』は、文永の役(1274年)の惨状を、「(長崎県・対馬に攻め入った元軍は)男たちはあるいは殺しあるいは生け捕りにし、女は集めて手に紐(ひも)を通して船に結わえ付け、または生け捕りにし、一人も助かるものはなく、壱岐でも同じであった」と記している。

 さらに、この遺文を所収する『伏敵編』(ふくてきへん、1891年出版)の編者で、歴史研究家の山田安栄氏は、日本書紀の記述をもとに、「手に穴を開け縄を通すやり方は朝鮮半島の伝統である」と述べ、この残酷な行為が高麗兵の仕業であることを示唆している。

 2回目の弘安の役(1281年)は、その実行を高麗の忠烈王が、元の世祖、フビライに進言していた事実が『高麗史日本伝』に書かれている。日本再侵略が決定するや、忠烈王は自ら高麗軍を主力とする東路軍の統括者となり、出発地の朝鮮半島・合浦(ハッポ)で軍馬を閲兵し東路軍を送り出した。正に“高麗寇”である、

 弘安の役での高麗兵の残虐ぶりは、鎌倉期に成立したとされる八幡神の寺社縁起『八幡愚童記下』に「ソノ中ニ高麗ノ兵船五百艘ハ(長崎県の)壱岐・対馬ヨリ上リ、見ル者ヲバ打殺ス」とある。この書によれば、高麗の上陸軍は山奥まで日本人狩りをやり、島民は赤子が泣けば高麗の兵がやってくるので泣く泣く、わが子を殺すという凄惨な状況が繰り広げられていた。

 

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