湯川さん「これが人生のラストチャンス」 事業失敗、命懸けのシリア入り

2015.01.21


イスラム国とみられるグループが公開した映像。後藤さん(左)と湯川さん(右)の姿が確認できる(ユーチューブから)【拡大】

 イスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」とされるグループの人質になり、殺害予告の対象となった湯川遥菜(はるな)さん(42)と後藤健二さん(47)は、それぞれシリアに強い関心を持ち、活動を続けていた。予測不能な激戦地に赴いた2人の足跡をたどると、命を危険にさらす覚悟の上での行動だったことが浮かび上がる。

 「これが人生のラストチャンスだ」

 湯川さんは昨年7月、千葉市内に住む父親の正一さん(74)にこう言い残して旅立った。同4月に最初の渡航を果たしており、2度目のシリア入りだったという。

 シリアの反体制派武装組織「イスラム戦線」の地区幹部によると、湯川さんは日本を発ってから、トルコを経て陸路でシリアに入国。同8月に「現場リポートを書きたい」としてイスラム戦線の部隊に同行し、イスラム国の戦闘を取材中に拘束されたとみられる。

 事業の失敗など多くの挫折を経てのシリア入りだった。

 湯川さんは昨年1月、東京都江東区で民間軍事会社「ピーエムシー(PMC)」を資本金300万円で設立。周囲には、「海賊からタンカーを護衛したり、海外法人のサポートをする仕事」と説明していたが、それまで軍事関係の仕事に従事した経験はなく、「会社自体の活動実績もほとんどなかった」(知人)。父親の正一さんは、「向こう(シリア)で、事業の展望を開こうと思っていたのではないでしょうか」と語っていた。

 複数の関係者によると、湯川さんは、千葉県内の高校を卒業後、20歳すぎで習志野市内にミリタリーショップを開業。2000年には常連客だった女性と結婚したが、05年に事業に失敗し、多額の借金を抱えた。

 10年ごろに妻と死別してからは、家族と音信不通になり、13年12月に実家に戻った時には、「正行」から「遥菜」に改名していた。正一さんには、「知り合いに短命な字画だと聞いた」と理由を説明し、「自殺を図った」とも明かしたという。

 事業の立ち上げとともに実家近くのアパートで1人暮らしを始め、自身のブログに戦場への関心もつづるようになっていた。映像が公開された今月20日、多くの報道陣が千葉市にある湯川さんの実家に集まり、正一さんは「情報が錯綜(さくそう)している中で、答えられることは何もありません」とだけ話し、その後は口を閉ざした。

 

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