東日本大震災の時、地震発生後に災害派遣の準備をしていた自衛隊車両を津波が襲い、多くが水没したことは、あの日の象徴的な写真となっている。しかし、そんな中で唯一動いたトラックがあったことは、あまり知られていない。
「3トン半が走ってくれています!」
その報告に製造元の「いすゞ自動車」の関係者たちに熱いものがこみ上げた。
この「3 1/2t(73式大型)トラック」は改良が重ねられて現在は8代目。それだけ排ガス規制や騒音規制などの変化が激しいためだ。目まぐるしく変わる国内法規だけではない、自衛隊車両には一般的には想像もつかないような機能が要求される。それらを全てクリアし、かつ多くの規制の範囲内であるという「組み合わせテクノロジー」の結晶がこの「3 1/2t」なのだ。
傾斜地での登坂機能は当たり前で、途中で止まったりバックすることができなくてはならない。渡河・渡渉(としょう)に、泥濘地(でいねいち=ぬかるんだ土地)での走行、そうした場合には段差も多くあるため、それらを容易に走破できなくてはならない。
不整地での走行は、民生用トラックで行うと全く歯が立たない。悪路をゆっくり慎重に走る能力を持つのは簡単なことではないのだ。全ての条件を満たすために、民生品の3倍に当たる約6年間の開発・試験期間を要する。
しかし、これだけなら軍用トラックとして驚くほどではないだろう。日本のものは、この上さらに国内の道路交通法の下で一般道や高速道路を走れるようにしなければならないのだ。
タイヤの接地圧(前方と後方のバランス)も定められ、バックミラーや窓の規格、ウインカーの高さやサンバイザーの固さに至るまで全てが厳格で、軍仕様として必須のスペックと日本独特の交通行政事情の両方の条件を兼ね備える必要がある。
それゆえ、見た目は同じだからと民生品のトラックをちょっとアレンジすればいいのではないかとか、海外製品を買って使おうとしても、この難解な方程式をやってのけるトラックは他に存在しないのである。
話を震災時に戻そう。実は、あの時の津波は「3 1/2t」の要求性能をはるかに超える水位となっていた。理論上は動くはずのないものが、なぜいち早く救援に向かえたのか。
「そういうものです」
多くは語らないが、つまり仕様書の行間を読むということなのだ。これほど細かくても仕様書に全てが書いてあるわけではない。それでも有事・想定外を誰かが考慮しているということだ。
価格に上乗せされているわけではないが、その裁量に助けられていることが多いのも事実だ。
■桜林美佐(さくらばやし・みさ) 1970年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、ジャーナリストに。防衛・安全保障問題を取材・執筆。著書に「誰も語らなかった防衛産業」(並木書房)、「日本に自衛隊がいてよかった」(産経新聞出版)など。