マンションを購入したのは82年7月であり、東京滞在用といいながら、実際は某有名女優Aに賃貸していた。借金を完済した91年1月はまだ知事在任中で、2期目の退職金は未払いだった。
この点を国会で追及されると、細川氏は「マンションは資産を取り崩して購入したが借金も当てにした」「ホテルも使用したのでマンションは賃貸にした」「いろいろなカネで完済した」などと言い繕った。野党が「それなら、領収書などの資料を提出すべきだ」と求めると、細川氏は当初、「紛失した」などと逃げようとしたのだ。
前出の政界事情通は「野党やマスコミの厳しい追及に耐えられず、細川氏側が出してきたのが、発行者や判も押していない1000万円の領収書や、日付も発行者の名も印もない1億円の根抵当権設定契約書など。国会や国民をバカにしたようないい加減な資料で、いわゆる『6点セット』と呼ばれた。細川氏は『発行者の控えだから(発行者名や印、住所がなくても)問題ない』と強弁した」と証言する。
細川氏が国会に提出した資料は、猪瀬氏が公開した5000万円の借用書をまさに彷彿させる。金額も2倍と多い。
その後も疑惑追及は続き、細川氏は94年4月、「私個人の問題が現実に国会審議の障害になっている」として突然、首相を辞職した。まるで疑惑解明から逃げるような無責任な退陣だった。
当時、問題を追及した自民党議員OBは「なぜ、金融機関ではなく東京佐川急便から借りたのか」「なぜ、金融機関を通してではなく、現金で返済されたのか」などと疑問を持ち続けている。
細川氏が未来を見据えて「脱原発」を訴えるならば、過去の「政治とカネ」の問題についても、きちんと説明する必要がありそうだ。
■田村建雄(たむら・たてお) 1950年、茨城県生まれ。地方紙記者を経て、週刊誌専属記者に。その後、フリージャーナリストとして、月刊誌や週刊誌、夕刊紙などに、政治、社会問題を中心に執筆する。著書に『産廃汚職−利権に群がる議員・業者・暴力団』(リム出版新社)、『中国人「毒婦」の告白』(文藝春秋)など。





