日本は自国で作れる数少ない国 ヘリは人類の生んだ奇跡の産物

2014.06.03

 皆さんはヘリコプターに対し、どのようなイメージをお持ちだろうか。

 「ヘリは人類の生んだ奇跡の産物だと言ってもいいかもしれません」

 「奇跡」…、そんな表現を関係者からよく聞くことがある。そもそもは、レオナルド・ダビンチの構想から始まったことは以前にも当欄で紹介した。当初は到底、実現可能と思われていなかった航空機の形式なのである。

 それが現実のものとなったことにより、社会に画期的な変化をもたらした。その大きな要素は人命救助である。山や海の事故、あるいは急患輸送など、ヘリが救った命は数知れない。

 戦争においても、戦い方が変化した。米軍はヘリを第2次世界大戦のころから徐々に取り入れ、負傷者の輸送などを行うようになっていた。朝鮮戦争が始まると、物資輸送などに運用が広がったことに加え、戦場で傷付いた将兵たちにとって、ヘリで速やかに後送されることは大きな安心感となっていった。特に朝鮮半島の起伏の激しい道を車両で運ばれるとなると、それだけで容体を悪化させるからだ。

 そして、ベトナム戦争のころになると、航続距離や搭載量などが進歩し、本格的に使用されるようになっていった。

 ヘリが戦場で負傷兵を救出するようになってから死亡率が格段に下がったという。第2次大戦中の死亡率5・8%が、朝鮮戦争では2・4%に半減し、ベトナム戦争では1・7%にまで下がったといわれている。

 「戦場では、ヘリの飛べる範囲内で行動せよ」

 この合言葉の下、何かあったらヘリが助けてくれる、そのことが兵士たちのよりどころとなったのだ。

 このように、戦う者たちの気持ちを支えてきたヘリであるが、その有用性は軍事だけではなく、医療や災害など多岐にわたり、多くの人がその恩恵を受けていると言っていい。

 「ヘリは救世主のように人々のために働くようになりましたが、そこに至るには計り知れない開発の苦労があるのです」

 奇跡と言っても、運を天に任せるわけではない。そこには技術者たちの血の滲むような努力、そして命懸けの運用がある。

 話題のオスプレイも、そうした艱難(かんなん)辛苦を乗り越えた完成物だといえるだろう。

 そして、この回転翼機を自国で作れる国は少なく、わが国はその数少ない国の1つであることは、国内であまり意識されていない。

 ■桜林美佐(さくらばやし・みさ) 1970年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、ジャーナリストに。防衛・安全保障問題を取材・執筆。著書に「日本に自衛隊がいてよかった」(産経新聞出版)、「武器輸出だけでは防衛産業は守れない」(並木書房)など。

 

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