【山本雄史のだんじり正論】マスゲームと高麗人参酒で“接待”攻勢 金丸訪朝団 24年目の真実 (1/4ページ)

2014.08.11

 約2万人のマスゲームで「人文字」をつくり、列車の座席にはあらかじめ酒とつまみを用意しておく。突然のスケジュール変更で最高指導者に会えるという「特別感」を演出する−。

 今から24年前の平成2年9月。自民党と社会党の国会議員団、外務、通産などの各省庁の担当者、新聞やテレビの報道陣ら約90人が、日本航空の特別チャーター機で北朝鮮を訪問し、盛大な“歓待”を受けた。自民党訪朝団の団長だった金丸信元副総理の名前を取って、後に「金丸訪朝団」と呼ばれることになる一行は、謎のベールに包まれた北朝鮮の実態を目の当たりにした。

 筆者は先日、本紙オピニオン面の企画「ニッポンの分岐点」の取材で、金丸訪朝団参加者から当時の体験談や目撃談を聞くことができた。8月2日付で記事化されているが、盛り込めなかった部分を紹介する。

     ◇ 

 そもそも、なぜ与野党の国会議員がこぞって北朝鮮を訪問したのか。それは、当時と現在とでは時代背景や国際情勢が全く異なっているからだ。

 平成2年当時の日本国内では、北朝鮮による日本人拉致事件の認知度は極めて低く、政府も国会も世論も全くといっていいほど関心を示していなかった。政府が初めて具体的に拉致事件に言及したのは昭和63(1988)年。梶山静六国家公安委員長が参院予算委員会で「おそらく北朝鮮による拉致の疑いが濃厚」と答弁したが、大きなニュースにはなっていない。

 むしろ、北朝鮮との国交正常化を歓迎する空気が国内にはあった。時は東西冷戦の末期、国際情勢が激変する中、ソ連との関係が悪化し、中国とも疎遠となった北朝鮮は、東アジアでの孤立を恐れ、日本に接近しつつあった。日本と早く国交を結び、「戦後賠償」という名の経済援助を得ようというのが北朝鮮の目的で、日本の政治家たちも、その機運、流れに乗った節がある。

 そもそも、金丸訪朝団の最大の目的は、北朝鮮に拘束されていた漁船「第18富士山丸」の日本人船長らの解放だった。この交渉は最終的に金丸氏ら訪朝団が道筋をつけ、船長らは翌10月に無事に解放されることになる。

 

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