【外交・安保取材の現場から】日米ガイドライン再改定に中国はなぜ“好(ハオ)”なのか (1/3ページ)

2014.10.27


 日米防衛協力の指針改定に向けた中間報告をまとめた防衛協力小委員会=8日、防衛省【拡大】

 日米両政府は8日、外務、防衛当局の局長級による防衛協力小委員会(SDC)を防衛省内で開いた。この日は、年末までに改定を目指す日米防衛協力の指針(ガイドライン)見直し作業の中間報告をまとめる節目となった。その席上、米国務省のラッセル次官補(東アジア・太平洋担当)は日本側出席者にこう呼びかけた。

 「最後にガイドラインを改定したのは1997(平成9)年のことだったが、それ以降、世界は変わったし、アジア地域も変わった。そして日本も変わった」

 ラッセル氏は対日外交に長く携わったベテラン外交官だ。日本人を妻に持つ知日派として知られるだけに、その言葉には実感がこもっていた。

 ラッセル氏だけではない。日本側の交渉担当者も「現在と97年とは何から何まで違う。あの頃は日本にミサイル防衛システムなんてなかったし、テロ対策特別措置法もイラク復興支援特別措置法もなかった」と話す。もちろん、集団的自衛権の行使が容認されることなど、当時の日本には考えられなかった。

 97年と現在の大きな違いとして、中国の位置づけも忘れられてはならない。現行ガイドラインが主に朝鮮半島有事を念頭に置いていたのに対し、新しいガイドラインは中国の脅威に対処するための日米協力に主眼が置かれている。

 とはいえ、97年当時も中国が日米当局者の意識に上らなかったわけではない。97年といえば、前年の台湾総統選の際に中国軍が台湾海峡で軍事演習による威嚇を行い、米軍は空母2隻を現地に派遣して中国軍を牽制(けんせい)したばかりだった。

 中国側は、97年のガイドライン改定が台湾海峡危機における日米協力を想定したものではないかと疑心暗鬼に陥り、日本側はその火消しに躍起となっていた。ガイドライン改定の直前に橋本龍太郎首相(当時)が訪中し、江沢民国家主席(同)に対し、97年のガイドライン改定について「中国を含め特定の国や地域を議論していない」と説明したのもこのためだ。

 

注目情報(PR)

産経デジタルサービス

産経アプリスタ

アプリやスマホの情報・レビューが満載。オススメアプリやiPhone・Androidの使いこなし術も楽しめます。

産経オンライン英会話

90%以上の受講生が継続。ISO認証取得で安心品質のマンツーマン英会話が毎日受講できて月5980円!《体験2回無料》

サイクリスト

ツール・ド・フランスから自転車通勤、ロードバイク試乗記まで、サイクリングのあらゆる楽しみを届けます。

ソナエ

自分らしく人生を仕上げる終活情報を提供。お墓のご相談には「産経ソナエ終活センター」が親身に対応します。