敵味方なく戦没者を弔った松井大将 (1/2ページ)

2015.10.14


松井石根大将【拡大】

 「ごめんなさいねー、気が付かなくて」

 小柄な女性が追いかけてきた。これから行こうとしているお寺の住職のようだ。静岡県熱海市の伊豆山山頂にひっそりとたたずむ「興亜観音」に、1人の自衛官が向かっていたときだった。

 訪れるのは初めてだった。友人から聞いてその存在を知り、いてもたってもいられずやって来た。急勾配の山道を登っていて声をかけられたのだ。そこからは住職が先導し、しばらくすると観音像が現れた。

 「松井石根(いわね)大将の発願で建立されたものです」

 昭和12(1937)年に上海派遣軍司令官を務めた松井大将が日中両軍の戦没者を等しく弔う「怨親平等」の精神をもって、自身の住居近くに建てたものだ。

 松井大将といえば、東京裁判でいわゆる「南京大虐殺」の罪を着せられ、いわゆる「A級戦犯」で絞首刑になったことは知っていた。ここには、そのA級戦犯7人の碑だけでなく、B、C級も含めた1068人の供養碑もある。胸迫る思いで頭を下げた。

 昭和23(48)年12月23日、今上陛下の御誕生日に殉国七士の絞首刑は執行された。火葬された遺骨を米兵がかき混ぜて持ち去り東京湾に捨てたと噂されているが、こぼれ落ちた遺骨遺灰がゴミのように捨てられていたのを見た人物が夜中に火葬場に侵入し、持ち帰ったのだという。そして、ひそかに興亜観音の住職に託されたのだ。

 松井大将は南京入城当時も軍紀厳しく、治安の安定に腐心していたことが明らかになっている。B、C級の人々も戦後1、2年後に呼び出され、多くが部下の行動の責任を取らされるなどで処刑された。

 

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