【視点】日本の領土だった南シナ海「南沙諸島」 終戦まで実効支配  (2/2ページ)

2016.02.01

 ラサ島燐礦会社は、政府に領土編入を陳情しましたが、外務省がぼやぼやしていたのか領有宣言をしていなかったのです。

 すると1933(昭和8)年になって、インドシナ(今のベトナムなど)を支配していたフランス(仏印当局)が、新南群島のうち9つの島の領有を宣言しました。これに日本と中華民国が抗議しています。

 大阪毎日、東京日日の両新聞社(現毎日新聞社)はこのとき、新南群島へ探検隊を派遣し、日本の領土だと大々的に報じています。

 結局、1939(昭和14)年に平沼騏一郎内閣が日本の領有を宣言し、台湾の高雄市に組み込みました。日本の主張は正当であり、1945(昭和20)年の敗戦まで日本は実効支配をしています。

 日本の敗戦で再びフランスが占領しましたが、同国がベトナムから引き揚げたことに伴って1950年代には空白の地となり、領有権争いの対象になったのです。

 中国(中華人民共和国)が今、領有権を主張しているのは、中華民国の立場を踏襲したからなのですが、戦前に中華民国や清朝が南沙諸島を領有していた事実はありませんでした。

 また、日本が、台湾の行政区画に属させたことから、南沙諸島は台湾のもの、中国のものと主張することも成り立ちません。

 日本は、台湾に付属する島々だから高雄市に編入したのではないからです。台湾とは別に日本人が発見し、日本の会社が利用していたことから領土とし、たまたま地理的に近い台湾・高雄市の行政区画に入れただけだったのです。

 日本が領有権を主張することはもはやできませんが、南沙諸島は、日本と無縁の島々ではないのです。

 もし、日本の領土のままであれば、今、南シナ海で中国の横暴がまかり通るようなことはなかったでしょう。(論説委員 榊原智)

 

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