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監督は60歳になってからでもいい…岡野雅行(下)

真相直撃インタビュー「気になるあの人、あの話題」

 岡野といえば足が速いだけ? そんなことはない。現在、海外も含めて就活真っただ中の元日本代表FW岡野雅行(36)が自らの伝説を明かすとともに、日本代表への思い、自らの将来についても激白した。(聞き手=夕刊フジ編集委員・久保武司)

 −−一番の伝説に、犬と一緒に走って追い抜かれなかった話があるが

 「ほんとうですよ(笑)。プロに入って給料が出たので、大学の後輩に焼き肉をごちそうしようと母校に行った。そこで飼っていた犬がいたんです。柴犬だったかな? 僕が学生の時からいた犬で、でもその時に行ったら、ウーッ、ウーッとうなってた。つけていた香水に反応したのかもしれないけど、いきなり噛みつこうと追いかけてきたんです。それも大事な足に向かって」

 −−ほんとうですか?

 「それで必死に逃げました。どのくらい走ったかな。最後は犬の方がアゴがあがっちゃって、あきらめましたよ。だから犬にも足の速さでは負けていません」

 −−最速タイムは?

 「100メートルは10秒8でした。でも、サッカーを始めた当初はパスをつなぐだけのごく普通の選手だった。大学に入ってから、縦パスがバーンと出てきたらとにかく走って速かったんです。最高で5人抜きもした。もちろんプロになってからも足の速さではまだ誰にも負けていない。だから引退するつもりもない」

 −−足だけではない。年齢とともにサッカーもうまくなっていると思う

 「ありがとうございます。それはいろんなチームにいったおかげ。ヴィッセル(神戸)に行ったときはほとんどがヴェルディ(東京V)のOBだったから強い時のヴェルディのサッカーをしていた。オランダのアヤックスに行ったときなんか、岡野、君は何て賢いプレーをするんだと言われてましたもん(笑)」

 −−現在の岡田ジャパンをどうみる?

 「今の代表はすんごーい上手。アジアでは紛れもなくNo.1。バーレーン? オマーン? 敵じゃないですよ。でも、ちょっと個性がなくなかったなぁ。98年の時はみんな尖ってたけど、いいチームだった。(W杯初出場決定試合が行われた)ジョホールバルの時、自分がゴールを外しまくって、試合中、結構落ち込んでた。でも名波(浩)が『岡ちゃん、1点取ればすべてチャラになるから』と言って、ヒデ(中田英寿氏)も『そうだよ、そうだよ。チャンスあるから』と笑ってくれて、その後、あのゴールが決まったんです」

【Jリーグ「優勝チームのマネばかり」】

 −−Jリーグについてはどう?

 「今のJリーグは優勝したチームの戦術をマネする傾向がある。レッズが強いころは、みんなカウンターサッカーばかりだったし、今は(鹿島)アントラーズのサッカーをしようとしている。アヤックスに行ったときに感じましたが、練習方法は(昔と)まったく変わっていない。プライドをもってやってる。マネはダメです」

 −−今はまだ現役を模索していますが、いつかは引退する日がくる

 「いつかは監督をやってみたい。40代? 早いですよ。50、いや60歳になってからでもいい。楽天の野村監督みたいにベンチにどっかり座って、『おい。もっと走れ!』とか言ったりして(笑)。人間、どんなことがあっても気持ち次第でどうにでもなる。これからも守りに入らないように生きていきます」 

 【おかの・まさゆき】 1972年7月25日、神奈川・横浜市生まれ、36歳。松江日大高(現立正大学淞南高)に単身サッカー留学、日大を3年で中退して94年に浦和レッズ入り。ニックネームは「野人」。96年にJリーグベストイレブン、フェアプレー個人賞を獲得。95年から日本代表に入り、97年、岡田武史監督率いるW杯アジア第3代表決定戦で劇的な決勝ゴールを決めた。98年W杯仏大会出場。国際Aマッチ出場27試合3得点。99年アヤックスのテスト生として経験を積み、2001年9月に神戸にレンタル移籍、のち完全移籍。04年に古巣の浦和に復帰したが、08年限りで退団した。175センチ、71キロ。

ZAKZAK 2009/01/31