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上原「野球をやっていて良かった」…10年越しの夢

七色フォークでヤ軍翻弄

 昨オフ巨人からオリオールズへ移籍した上原浩治投手(34)が8日(日本時間9日)、本拠地ボルティモアのカムデンヤーズでヤンキース戦に先発し、5回5安打1失点の好投でデビュー戦を勝利で飾った。巨人時代の先輩、松井秀喜外野手(34)との元巨人エース対4番対決は3打数無安打に抑え、上原に軍配。七色のフォークボールで強打のヤンキースを翻弄し、悲願の大リーグ初マウンドは7−5の快勝だった。

 夢にまでみた大リーグの登板。天然芝のグラウンドを踏みしめながらマウンドに上がる姿はさすがに高揚した表情。1番ジーターに対して制球が定まらずいきなり四球で歩かせた。

 「自分では落ち着いていたつもりだったが、投球練習をしているうちにこれはやばいと思った」と上原。しかし、2死にこぎつけて松井との初対決では、初球からいきなり決め球のフォークで空振り。カウント2−2から外角低めに逃げるフォークで二ゴロに打ち取った。

 4回2死一塁から8番ランサムに直球を左中間に適時二塁打されて1点を失った以外は、強打のヤンキース打線に的を絞らせない投球術が冴えた。速球は90マイル(約145キロ)に及ばなかったが決定打を許さない粘り強い投球。味方打線も1回に2点、4回に本塁打などで5点と援護し、7−1とリードした5回に86球で降板した。

 松井を打ち取るたびにグラブを叩いてガッツボーズ。2打席目以降もフォークを中心に攻め、遊直、左飛に抑えた。マウンドを降りるとベンチで監督や同僚から祝福を受け、初めてホッとしたような笑顔をのぞかせた。

【上原「松井さんは尊敬する人…気合入った」】

 1999年の巨人入りの際、エンゼルスからの誘いを断ったことをきっかけに、上原にとって大リーグ移籍は、はるか遠い道のりとなった。五輪、WBC、日米野球など国際舞台で活躍しながら、最後まで巨人に渡米希望を受け入れてもらえずFA権取得を待つ日々。近年故障にも悩まされ、渡米後もオープン戦中に太もも故障を再発するなど度重なる障壁を乗り越え、10年ぶりに念願がかなった瞬間だった。

 「正直めちゃめちゃうれしい。野球をやっていて良かった。きょうはあまり考えずにどんどんストライクをとっていこうと思った。松井さんは尊敬する人なので気合が入った。最初の1回は思い出づくり。でもあとは真剣勝負じゃないと失礼だと思った」と感極まった。

【松井「変わってなかった。知ってる彼だった」】

 9回に反撃したヤンキースは、2点差に迫った2死二塁から松井の5打席目。一発同点の場面だったが、オリオールズの抑え投手、シェリルの直球を打ち上げ、三飛で試合終了となった。松井はこの日5打数無安打だった。

 「負けたのは残念だが上原にはいい1日になったのではないか。これからも対戦するのでいい勝負をしていきたい。変わってなかった。知っている彼だった」と松井。試合後、上原の活躍をたたえるとともに、新たに始まった2人の対決に思いを馳せた。

 2人は、巨人で99年から4年間一緒にプレー。02年には本塁打王の松井がMVP、最多勝の上原が沢村賞に輝いてチームを日本一に導いた。2人のエピソードは多いが、忘れられないのは上原が巨人に入団した99年10月の最終ヤクルト戦。最多勝と20勝目がかかったマウンドだった。

 一方で松井も本塁打王争いが激化しており、巨人ベンチはヤクルト、ペタジーニの3打席目に敬遠を指示した。勝負できない悔しさから上原はこらえきれずマウンド上で涙したのは、2人にとってはほろ苦くも懐かしい思い出だ。

 「打者としても人間的にも球界の宝」と敬意を払う松井に正々堂々の勝負を挑み初勝利を挙げた上原。大リーグへの熱い思いはついに成就した。

【上原の投球内容】

投回   打 球  安 振 四 死 失 責 本
 5  22 86 5 0 1 0 1 1 0
登板1 1勝0敗0セーブ 防御率1.80 

ZAKZAK 2009/04/09

上原浩治

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