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アノ事件の真相は…「あぶさん」モデル永渕洋三・下

真相直撃インタビュー「気になるあの人、あの話題」

永渕洋三(クリックで拡大)

 プロ入団テストに落ちたヤケ酒をきっかけに、毎晩飲み歩いて借金を膨らませ、返済のためプロ野球選手となった永渕洋三=写真上。水島新司氏の野球漫画「あぶさん」のモデルだ。借金を契約金で返しても、酒豪打者の伝説はまだ終わらない。試合中の嘔吐事件の真相は? そして引退後の焼き鳥店の開店資金を生んだ「三原マジック」とは−。(聞き手=夕刊フジ・笹森倫)

【三原監督に大きな家勧められ…】

 −−現役時代によく一緒に飲んだ選手は?

 「他の選手とはいかなかったね。全く付き合わないわけじゃないけど、あの世界はみんなライバルだから、本当の親友ってのはいないですよ。ちょうどあのころは日本が高度成長期だから、土建屋さんと一緒にね」

 −−恩師の三原脩さんと飲んだことは

 「一切ないですね。グラウンドの中だけの付き合いですから。あの人は道路で会って挨拶しても知らんぷりしてますよ。でも選手もそのほうがやりやすいんです。ただ1回だけ日生球場で試合前に監督室に呼ばれてね。『オレ、何か悪いことしたかなあ』と思って行ったら、いきなり『お前、家つくるんやったら、庭の広いところ買え。家は古くてもいいから』、その後に『車買うんやったら新車買うなよ、ぶつけるから』。それだけ言ったら『もういいぞ』と」

 −−私生活のアドバイス?

 「それでたまたま近鉄不動産にね、大阪の八尾の物件があったんですよ。83坪の家付きで700万円くらいで買ったのかな。そしたら(田中角栄内閣の)『列島改造』でね、土地(の値段)がブワーッと(上がった)。13年たって売ったときは6000万円くらい。毎晩飲んで金はためてなかったけど、それでここ(焼き鳥店の開店資金)をね。三原さんていうのは、そういう先見の明があるんですよ」

 −−まさにマジック

 「あのオッサンはちょっと考え方が違いますね。頭の細胞が違う。3年間一緒にやらしてもらいましたけど、すべてにおいてスケールが大きいですよ。政治家をやっても大臣になるような。でも何を考えているか分からん人ですよ。自分の性格を出さない人やから」

【前日に仰木さんと飲みに行き…】

 −−ところで試合中に吐いたというのは本当?

 「それは2軍の試合。もう近鉄を辞めるつもりのとき。監督は西本(幸雄)さんで僕はあんまり合わなかった。まあ僕が悪いんですけどね、落ち目のころだから。広島に行ったとき、試合前の晩に2軍のコーチだった仰木(彬)さんが飲みに行こうっていうから、僕はどうせ試合に出ないと思ってたんで結構飲んだんですね。そしたら次の日に使うもんだから…。夏のデーゲームで、炎天下の外野でムカムカしだしてね、ゲロ吐いてしもうて。でも2軍はあんまり客がこないから、誰も分かんないですよ。分かってたのは僕だけです」

 −−引退後の酒量は

 「ずっと飲んでましたよ、浴びるくらい。この通り(と店内を見回し)飲もうと思ったら、いつでも周りにアルコールがあるわけだから。今は高血圧であんまり飲めなくなったけど」

 −−もし酒好きじゃなかったら、もっとすごい成績が残せたと思う?

 「僕は飲む人間やったから、プロの世界で野球できたと思います。よく考えれば不謹慎きわまりないですけどね。イチローなんかから見れば、プロ野球選手じゃないって言われますよ。でも酒も飲まないようなまじめな人間だったら、おそらくプロ野球には入っとらんだろうし。飲み過ぎで借金をつくって、プロに入って返そうと思ったわけで。酒があっての野球人生でしょうね」

 ■ながふち・ようぞう 1942年5月4日、佐賀県生まれ。167センチと小柄ながら県立佐賀高(現佐賀西高)で左腕エース、東芝では投手兼外野手。67年ドラフト2位で近鉄入り。当初は投手だったが外野手に転向。俊足巧打で2年目に3番右翼に定着、打率.333で張本勲と首位打者を分け合う。76年交換トレードで日本ハムに移籍、79年に現役引退。スカウトを経て、故郷で焼き鳥店「あぶさん」を開店、現在に至る。通算1150試合、962安打、109本塁打、409打点、134盗塁、打率.278。投手通算12試合、0勝1敗、防御率2.84。ベストナイン1回、球宴出場3回。

ZAKZAK 2009/05/22

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