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東大出身で1軍初登板…横浜・松家卓弘投手(上)

銀行の内定けりプロの世界へ

松家(クリックで拡大)

 東大出身選手、松家卓弘投手(27、写真)がプロ5年目の今季、念願の1軍初登板を果たした。東大出身のプロ野球選手は5人目で、試合に出場したのは遠藤良平(日本ハム=現球団フロント)以来4人目だ。最下位を独走中のチームにあって話題を集めた。大学時代の友人が省庁や一流企業に就職する中、プロの世界に身を投じることを決断した男はいま、何を思う!?(聞き手=夕刊フジ記者・宮脇広久)

【28日に登録抹消】

 プロ初登板は、6月10日の日本ハム戦(札幌円山)。8回に3番手としてマウンドへ上がり、1イニングを3人で抑えた。しかし、プロの世界は厳しい。3試合目の同14日・楽天戦で初失点し、続く同20日のソフトバンク戦でも2回4失点と打ち込まれると、その後は登板機会を与えられず、28日に登録抹消され2軍へ逆戻りとなった。

 「1軍で通用する部分としない部分が、はっきり見えました。僕はまっすぐ(最速147キロ)とフォークが軸の投手ですが、自分の投球をすれば抑えられる。自分のペースを崩したらダーッと連打を食らう。今後は2軍でまたチャンスをいただけると思うので、頑張るしかないです」

 −−プロ入り後、5年目の初登板までは長く感じた?

 「プロ入り当初は、大卒で年を食っていた分、『3年勝負』と思ってました。そういう意味では5年は長い。でも僕自身は、1、2年目に肩とひじを痛めましたし、たくさんの課題や修正点を必死にクリアしようとしているうち、あっという間の4年間でした。毎年、1年が過ぎるのが早いと感じていました」

 −−今季にかける思いは特別だった?

 「プロで4年を経過して1軍登板がゼロ。正直言って昨オフには、これはもう絶対クビになると思っていました。ところが球団はチャンスをくれた。せっかくだから、悔いのない練習、後悔のない投球をしようと思いました。今季は練習はとことんまで、その代わり自分が必要ないと感じた練習はスパッとやめています。やる、やらないの区別を自分自身ではっきり付けています」

【「楽をするな」恩師の言葉で東大へ】

 −−ところで、(香川県立)高松高校時代は

 「高校は夏の甲子園に4回出場していますが、すべて戦前。センバツには2005年に後輩たちが21世紀枠で出場しましたが、それが72年ぶり。高校では1年秋からエースになり、2年生の秋には四国大会でベスト4に入りましたが、センバツの四国出場枠3には届かず、甲子園は遠かった。最後の夏の県予選は3回戦負けでした」

 −−それほど高校野球に熱中して、しかもなお東大にストレートで合格とはすごい

 「たまたまですよ。もともと、東京六大学で投げたい気持ちが強かった。高校に慶応大の指定校推薦枠があって、それを狙っていたのですが、担任の先生から『将来のために、いま楽をするな』と言われ、正面から受験して入学しようと考え直しました。実際、慶応の経済学部と商学部にも合格。僕は文系だけれど数学が得意で、この両学部の受験科目に数学があったので自信がありました。東大入試は、センター試験では失敗したのですが、2次試験は『もしかしたら、(合格が)あるで』と思えたほど手応えがありました」

 −−プロ指名前に、「国際協力銀行」から就職内定を得ていた

 「4年生の4月に内定をいただきました。発展途上国に融資したり、お金の使い道を一緒に考えたり、海外に進出しようとする日本企業を支援したりする政府出資の金融機関で、それも魅力的な仕事でした。メチャ行きたかったですよ。体が2つあったらいいのに、と本当に思いました」

 最難関を突破し、東大へ現役合格。身内から「せっかく東大まで出たのに」との声もあがる中、なぜ松家はプロ野球の世界を選択したのか。その判断を、どう振り返るのか。

ZAKZAK 2009/07/02

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