【メジャーの旅】ジャッキー・ロビンソンが“ホームに戻った” デビュー70周年

毎年4月15日には、全選手がロビンソンの背番号42を付ける (2012年撮影)

 4月15日、大リーグでは恒例のジャッキー・ロビンソン・デー。今年は彼が人種の壁を破ってからちょうど70周年。ロサンゼルスのドジャースタジアムではその栄誉をたたえ、銅像の除幕式が行われる。

 1947年4月15日、ブルックリン・ドジャースでデビュー。初の黒人大リーガーとしてどんな仕打ちにも耐え忍び、差別や偏見と闘いながら華麗なプレーで人々を魅了。56年に現役引退後も公民権運動や人種差別撤廃運動に従事した。

 72年にデビュー25周年を迎えたとき、ワールドシリーズの始球式に招待された。まだ53歳だったが糖尿病で視力が衰え、心臓疾患で足取りは重く、人種問題が改善されないことに幻滅していた。それから10日後、彼はこの世を去った。

 ドジャースの名実況アナウンサーだったレッド・バーバーは「彼だからこそ、あれだけの実績を残せた」と言う。多くの黒人選手も「あれだけのことができる人間はいない」と言う。彼は病気より背負った責任の重さで寿命を縮めたのではないだろうか。

 葬儀でジェシー・ジャクソン牧師は「彼はホームスチールで安らぎのホームに戻った」と弔辞を述べた。レイチェル未亡人は「その言葉は今でも私の宝物です」と言う。その1週間後、友人からホームに滑り込む1枚の写真が送られてきた。

 友人の名前はロジャー・カーン。50年代のドジャースを感傷的に描いた名著「夏の日の少年たち」で有名な作家だ。彼は「野球とはベースを回ってホームに還るゲーム。ホームは多くの重荷を押し付ける世間から退避する場だ」と言った。

 現役時代、ロビンソンは積極果敢に走り、通算20回も本盗に成功。中でも、55年ワールドシリーズ第1戦での劇的なホームスチールは語り草になっている。あのビッグプレーでチームは勢いづき、球団史上初の世界一に輝いたといわれる。

 これまで米国を旅しながらロビンソンの銅像を幾つか見てきたが、今回ドジャースの本拠地球場に初めて建つ銅像は、類を見ないホームへのスライディング像。そう、彼が安らぎのわがホームに帰って来る。

 ■福島 良一(ふくしま・よしかず) 1956年10月3日、千葉県市川市生まれ。1973年高校2年で初渡米して以来、毎年現地で大リーグ観戦。故・伊東一雄氏を師と仰ぎ、大リーグ評論家となる。現在は専門誌などへの執筆や、テレビ、ラジオなどで評論活動を展開、ツイッターでも発信中。主な著書に「大リーグ物語」(講談社現代新書)、「大リーグ雑学ノート1、2」(ダイヤモンド社)、「日本人メジャーリーガー成功の法則 田中将大の挑戦」(双葉新書)などがある。

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