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脱サラしてまでなった宿敵校の監督 背中を押してくれた妻の一言 (1/2ページ)

★仙台育英野球部・佐々木順一朗監督(2)

 今夏、東北勢初の全国制覇を狙う宮城・仙台育英高校野球部の佐々木順一朗監督(57)に聞く第2回。肩の故障で現役を退き、サラリーマン生活を経て、あえて母校・東北高校の宿命のライバル校で指揮を執ることになった波瀾万丈の人生に迫る。

 --野球界のエリートコースを歩んできた

 「早稲田大学からNTT東北に入社しましたが、肩を壊して半年で“クビ”。営業に回され、そこから10年間のサラリーマン人生が始まりました。仕事は嫌いではなかったので、電電公社からNTTに変わる過渡期に従業員33万人の頂点である社長を目指しました」

 --仕事の内容は

 「私は本社採用の『A採用』ではなく、11支社に所属する『B採用』。係長や主査になり、本社でも働き、部下もできてきた頃、民営化され『お客さま第一』になりました。6回の転勤を経て、企画部で事業計画を立てました。パソコンができなかったので、各部署のトップに直接会ってヒアリングしてくる立場で、それがいまに生きているかもしれません。ただ、巨大組織の中で、自分が将来なるであろうポジションがある程度見えてきた。結婚もして、子供もできた。人生にもう一つ面白みがないな、と感じていました」

 --そんな時、東北高時代の恩師である竹田利秋監督(当時仙台育英監督、現國學院大學野球部総監督)からコーチ就任を要請された

 「自分ではいずれ東北高校で監督をやると、OBの中にも私が将来監督になると考えている方がいました。育英は一番嫌いな学校だったので、そこの監督になった竹田さんから呼ばれることはないと思っていました」

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