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【ぴいぷる】公認会計士の元阪神投手・奥村武博氏、試験「三振」で崖っぷちも…目を覚まさせてくれた妻の“一声” (1/3ページ)

 今夏、新たな人生のマウンドに上がった。左胸には公認会計士のバッジが輝く。

 「目指してからちょうど13年。やっとこれが手に入ったうれしさ半面、今後に対する責任感を感じます」

 日本公認会計士協会によると、元プロ野球選手が公認会計士になるのは初めてのことだ。

 「13年」という年月には、想像を絶する紆余曲折があった。

 1997年にドラフト6位で指名され、阪神に入団した。制球力の高さが売りの投手だった。「投げる精密機械」の異名を誇った名投手、小山正明氏になぞらえて「小山二世」と期待されたが、度重なるけがが大成を阻んだ。一軍での登板経験のないまま、4年目のシーズンを終えた2001年9月末、戦力外通告を受ける。

 「ずっと身近にあった野球がなくなってしまう。自分の人生の大半をかけてきたものが取り上げられるという喪失感や絶望感で、頭が真っ白になりました」

 翌年は阪神の打撃投手を務めたものの、1年で契約を打ち切られた。友人の誘いで飲食業の道に入り、昼は調理師学校、夜はバーで働くという生活を始めた。その後、調理師免許を取得し、ホテルの調理場でアルバイトをしていたが、「このまま、この道を進んでいいのか」と将来への不安が尽きなかった。

 古巣の阪神が03年、18年ぶりとなるセ・リーグ優勝を果たしたことも、苦痛をもたらした。同期入団の井川慶投手はこの年、20勝をマークして最優秀選手(MVP)、ベストナインなどに選ばれていた。「同じスタートラインに立っていたのに…」。ストレスが募り、頭には「10円ハゲ」ができた。

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