記事詳細

【ぴいぷる】ソフトボール女子日本代表監督・宇津木麗華氏「米国を倒すことが最大のカギ」 3年後の東京五輪で打ち立てる“金”字塔 (1/3ページ)

 時折小雨が混じる曇天の8月初旬、千葉・習志野の秋津野球場。3年後の東京五輪で12年ぶりの金メダルを狙うソフトボール女子日本代表が、早朝から姿を現し練習をスタートさせた。

 「チームプレーは想像力。求められたことだけやればいいわけじゃない。1つ1つ考えながらやるように」

 指揮官はそう指示し、持ち場を離れた。目的は日課である1万5000歩のウオーキング。

 「コーチと課題を話したり、今後の方向性を考えたりする大切な時間なんですよね」

 穏やかな話しぶりだが、グラウンドでは鋭い眼光で選手をにらみ、一瞬の隙も与えない。ファウルフライを諦めた選手に「取れるかもしれないんだからちゃんと行けっ」と檄を飛ばす。

 いるだけで独特のオーラと威厳を放つ。それが宇津木麗華という人物でもある。

 生まれは中国・北京。14歳でソフトボールを始めた。直後に日本から遠征してきた宇津木妙子氏(日本ソフトボール協会副会長)と出会ったことで人生が大きく動き出す。妙子氏が指導者に転身した後も交流は続き、25歳で日本に渡ることを決意。95年には日本国籍の取得に踏み切った。

 「元軍人の父は反日教育を受けていたので帰化に反対していた。妙子さんと一緒に北京に行って『この人がいるから大丈夫』と説得しました。妙子さんには『宇津木の名前を世界で有名にします』と約束して名字をもらい、再出発しました」

 初参戦の2000年シドニー五輪ではサードで4番、主将。決勝の米国戦まで3連続ホームランを放つが、銀メダルに甘んじた。続く04年アテネ五輪も銅メダル。37歳の彼女は世界の頂点に立てぬまま、現役を退く。

zakzakの最新情報をSNSで受け取ろう

関連ニュース