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【清宮幸太郎秘話 白球に選ばれた少年】きっかけは“ハンカチ王子”の熱投 「自分もワセダのユニホームを着てあのグラウンドに」 (1/2ページ)

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 生涯において神経系が大きく発達し、最も運動能力を伸ばすことができるという『ゴールデンエイジ』。3歳から14歳がそれに該当するといわれるが、清宮幸太郎(早実3年)の両親、克幸氏(50)と幸世さんは、長男誕生後すぐに話し合い、10歳まではさまざまなスポーツを経験させようと決めた。

 3歳からラグビーはもちろん、水泳、相撲、テニス、スキーに陸上、そして野球。父の生業でもあるラグビーに最も熱中しつつ、多くのスポーツに親しんでいた幸太郎少年は、小学1年の8月に運命を左右する1日を過ごすことになる。

 2006年8月20日。その年に克幸氏が監督に就任したラグビートップリーグ・サントリーの合宿が行われていた長野・菅平を、幸太郎は家族で訪れていた。

 昼にテレビで放送されていた甲子園決勝、早実-駒大苫小牧戦の延長15回引き分けを目の当たりにした幸太郎は、両親に頼み込み翌21日、母と弟の福太郎君とともに甲子園球場のアルプススタンドに駆けつけ再試合を観戦した。

 「斎藤(佑樹投手=現日本ハム)さんが最後、田中(将大投手=現米ヤンキース)さんを三振に取った瞬間の歓声は忘れられない。自分もワセダのユニホームを着て、あのグラウンドに立ちたいと思うようになりました」

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