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朝青龍vs旭鷲山の続く遺恨 日馬富士暴行騒動のウラにモンゴル人力士の派閥抗争 (1/2ページ)

 大相撲の横綱日馬富士(33)=伊勢ケ浜部屋=がモンゴル出身の後輩で平幕の貴ノ岩(27)に暴行した問題とその後の角界大混乱の背景には、いまや一大勢力となったモンゴル出身力士の“内紛”がある。パイオニアである元小結・旭鷲山(44)=本名ダワーギーン・バトバヤル=と、元横綱朝青龍(37)=本名ドルゴルスレンギーン・ダグワドルジ=の対立に端を発する複雑な派閥争いの実態を、夕刊フジが解説する。(夕刊フジ編集委員・久保武司)

 「ここにきて貴乃花親方に批判が集まっているけれど、基本的にこの騒ぎの真相はモンゴル人力士間の“内輪もめ”だからね」

 暴行のあった10月25日夜。鳥取市内での酒席の出席者は、地元出身の十両・石浦や地元の相撲関係者もいたが、大半がモンゴル出身力士で、会場にはもっぱらモンゴル語が飛び交っていた。

 そもそも、モンゴル出身力士同士の交流は、同国出身力士第1号のひとりである元旭鷲山が1995年に関取になったのを機に始まった。

 2003年7月の名古屋場所では、現在にまで影を落とす“抗争”が勃発する。5日目に当時横綱の朝青龍が旭鷲山との対戦で相手の髷をつかみ反則負け。さらに8日目の取組後、両者は風呂場で体がぶつかったことをきっかけに口論となり、あわや大乱闘のムードに。このときは当時角界No.1の怪力を誇った魁皇が仲裁に入り、なんとかコトなきをえた。

 11年には、八百長問題で角界が大揺れ。春場所が中止になると、八百長への関与を認めていない力士が引退勧告を受けたことに不満を募らせたモンゴル出身力士らが中心となり、「(次の)夏場所をわれわれの方からボイコットすべきだ」との声が挙がった。これも、力士代表として当時大関の魁皇が反対を唱え事態を収めている。

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