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【ぴいぷる】ザ・デストロイヤー、敬意と誇りのマスク「日本人の前では外さない」「生涯ナンバーワンは力道山」 (2/3ページ)

 「私と家族の人生を変えた」というのは、63年の初来日だ。アメリカWWAのヘビー級王者として力道山と戦い、日本に空前のプロレスブームを起こした。

 「生涯ナンバーワンの対戦相手。力道山の空手チョップは他の誰のものより強烈だったよ」

 また、当時の日本人の反応にも感銘を受けたという。

 「10歳のときに日米開戦があった。日本は敵のような感覚だったのに、初来日のときには自分を仲間のように迎えてくれた。感動したね」

 初来日から約10年後、ジャイアント馬場に誘われ、全日本プロレスに参戦。妻と3人の子供とともに日本に移り住み、リング上だけでなく、バラエティー番組『金曜10時! うわさのチャンネル!!』でも活躍した。

 出演には「プロレスラーとしてのイメージが崩れる」と迷いもあったが、家族の後押しで決断。人気者になれたのは、司会者だった和田アキ子のおかげと感謝する。

 「和田アキ子が、私をコメディアンにしてくれた。私が何をしても何を話しても、笑いに変えてくれた。ハリセンで彼女にはたかれたことも楽しい思い出だよ」

 インタビューの合間には、町の人々から「コーチ!」と次々と声がかかった。プロレスラーとして現役を退いた後は、地元の小学校の体育教師や高校の水泳、アメリカンフットボールの指導者として活動。80歳になるまで続けたという。

 「大学院に通ったから、指導者として働くことができた。地元では、私がプロレスラーだったことを知らない人もいる」と話す。

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