記事詳細

【福島良一 メジャーの旅】大谷、メジャー戦力均衡化に一役 伊良部氏とは好対照の球団選び (1/2ページ)

 大谷翔平投手が最終的に移籍先に選んだのは、何とエンゼルス! “書類選考”の段階でメジャー随一の歴史と伝統を誇るヤンキースが落選し、直接交渉の機会さえ与えられなかったところから意外の連続だった。

 米国の野球少年にとって、ヤンキースは憧れの存在。栄光のピンストライプのユニホームを着たいと誰もが夢を持つ。メジャーに挑戦する日本人選手も例外ではない。元ロッテのエース伊良部秀輝がそうだった。

 1993年の西武戦で4番清原と対戦したとき、当時国内最速の158キロをマーク。95年の米アリゾナキャンプで伝説の速球王ノーラン・ライアンからも絶賛され、「和製ライアン」として話題を集めた。

 その後、96年オフにヤンキース入りを直訴し、日米球界を巻き込む大騒動に発展。結局、ロッテがパドレスに独占交渉権を認め、ヤンキースへの三角トレードが成立。名門チームに初の日本人選手が誕生した。

 97年7月、本拠地ヤンキースタジアムで先発デビューし、日本人初のメジャー初登板勝利。だが成績は伸びず、報道陣と衝突、観客席に唾を吐き、オーナーの激怒に応酬するなどトラブル続き。ついに99年オフ、エクスポズへ放出された。

zakzakの最新情報をSNSで受け取ろう