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【福島良一 メジャーの旅】大谷と「縁」あったエンゼルス、3大キーワード (1/2ページ)

 エンゼルスとの正式契約が決まった大谷翔平投手は、チームを選んだ決め手について、「縁みたいなものを感じた」と言う。そこで1961年の球団創設以来の歴史をひもとくと、確かに縁みたいなものが感じられる。

 まずは、以前このコラムでも紹介したウイリー・スミス選手。64年に投手兼外野手としてプレー。主にリリーフで15試合に登板し防御率2・84をマーク。また、外野手として87試合に出場し打率・301、11本塁打の成績を残した。おそらくメジャーで戦後初の二刀流プレーヤーだろう。しかし翌年から外野手に専念し、二刀流は1年で終わった。

 72年には南海(現ソフトバンク)入りして24本塁打をマークし、投手でも2試合、うち1試合に先発登板している。

 72-79年には「カリフォルニア超特急」の異名を取ったノーラン・ライアンが在籍。74年には科学者4人の立ち会いのもと、自慢の剛速球を披露した。まだスピードガンがない時代に赤外線レーダー装置で球速を測定したところ、なんと時速100・9マイル(約163キロ)をマーク。世界で初の大台突破だ。

 大リーグ27年間で史上最多の7度もノーヒットノーランを達成し、歴代1位の通算5714奪三振をマーク。いずれも不滅の大記録となり、史上最高の速球投手の名を欲しいままにした。

 そのライアンが慕っていたのがジミー・リース老コーチ。現役時代はヤンキースの内野手で、あの元祖二刀流ベーブ・ルースのルームメートだった。本人いわく「彼は毎晩遊び歩いていたので、スーツケースと同室だった」と冗談を言っていたが…。

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