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【神谷光男 スポーツ随想】貴乃花親方に協会を出ていく覚悟あるか 「大義」あった協会に反旗翻した先人たち (1/2ページ)

 自らまいたタネとはいえ、貴乃花親方(元横綱)は身動きがとれない袋小路に追い詰められた。

 協会の鏡山危機管理部長(元関脇多賀竜)が、貴ノ岩の聴取を要請する文書を直接部屋に5度も届けながら、まったくの無回答。見事なまでに“完黙”を貫いている。20日の理事会で出す予定だった最終報告は間に合わず、日馬富士暴行事件の全容解明は来年に持ち込まれそうだ。

 なぜ、貴乃花親方はこうまでかたくななのか。協会を敵に回し、たとえ1人になっても「大義」や「改革」をかざして戦い抜く覚悟はあるのだろうか。

 相撲界では過去にも、力士の待遇改善などの改革を訴えた1911年の「新橋倶楽部事件」、23年の「三河島事件」、さらに32年の「春秋園事件」などの大きなトラブルがあった。

 「三河島事件」では、当時の警視総監が力士、協会の間に入って和解が成立した。力士代表だった第26代横綱大錦卯一郎は「総監の手に委ねたことは不徳不明のいたすところ。横綱としての責任上、相撲界にとどまることはできない」と和解の宴席で自らマゲを切ってスパッと引退した。

 「春秋園事件」では、首謀者の関脇天竜が協会との交渉決裂により同調した多くの力士を引き連れて飛び出し、マゲを切って「新興力士団」として新団体を結成した。マゲのない力士の物珍しさから一時的には興行は成功したが、その後内部分裂を起こし、5年で解散している。

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