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【清水満 SPORTS BAR】元“出禁”記者が思い出した日本ハム・初代オーナーの“懐の深さ” 話題に事欠かないブランド確立 (1/2ページ)

 スポーツ紙を開くと、大相撲の元横綱日馬富士による傷害事件が大きく載っている。もう1カ月以上、騒動が続く。傷害事件は、いつのまにか内部抗争にすり替わった!? 誰が正義で誰が悪なのか…という魑魅魍魎とした人間模様ドラマに、人々は興味津々である。

 野球はオフシーズンということもあって隅に追いやられているけど、その中で“オフ1番人気”は日本ハムであろう。

 ドラフトでは早実・清宮幸太郎内野手を引き当てた。次代のスーパースターの予感が漂う。“スーパー二刀流”大谷翔平投手がポスティングによって大リーグのエンゼルス移籍が決定。とにかく“日本ハム露出”が目立っていた。

 かつてプロ野球といえばジャイアンツが断トツ人気を誇ったが、いまや昔!?

 隔世の感がある。いまから40年以上前、日本ハムは1974年から球団の運営に乗り出した。創生期3年目の76年、大沢啓二監督時代、チームを担当したことがある。

 当時は阪急(現オリックス)の黄金時代。日本ハムは弱小だった。とある日、『この戦力では日本ハムは優勝できない』という記事を書いた。すると大沢監督から「担当記者なのに愛情がない!」と怒りを買って“出入り禁止”。そんな落ち込み状態のとき、初代オーナーの大社義規さんに会った。事情を説明するとオーナーは球団幹部、記者陣の前でこう言った。

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