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宮原、歓喜の4連覇 完璧演技で逆転「本当にやりきって終えることができた」

 フィギュアスケート・全日本選手権第3日(23日、武蔵野の森総合スポーツプラザ)平昌五輪代表最終選考会を兼ねた大会。代表2枠を争う女子は、ショートプログラム(SP)2位の宮原知子(さとこ、19)=関大=がフリーで逆転して合計220・39点で4連覇し、初の五輪代表に決まった。

 会心の演技を終えた宮原は両腕を高々と突き上げてガッツポーズした。いつもは冷静で感情をあらわにしない19歳の目から歓喜の涙がこぼれた。

 「本当にやりきって終えることができた」。大歓声の中でコールされたSPとの合計は220・39点。会場がどよめいた。SP2位から逆転で4連覇を果たし、平昌五輪代表を決めた。

 昨年末の全日本で3連覇を達成後、左股関節の疲労骨折と診断された。シーズン後半を棒に振り、リハビリ生活が始まった。ツテを頼ってカナダのスポーツクリニックまで足を運んだが、回復には時間がかかった。骨に栄養が十分に行き届いていないことも分かり、食生活の改善を余儀なくされた。氷上を離れたブランクの影響は避けられず、ミスの少なさに定評があった宮原が夏場のアイスショーで珍しくジャンプを失敗した。

 調整の遅れで今季初戦に予定した10月の国際大会を欠場することになった際、浜田美栄コーチは切り出した。「25歳でも五輪には行ける。5年後を目指して慌てずに練習しよう」。危機的状況に追い込まれながら地道な努力は怠らなかった。

 拠点の関大リンクで、年下の選手たちが難度の高いジャンプを次々と跳ぶ。その傍らで黙々と負荷の掛かりにくいスケーティングを磨いた。まな弟子を見守った浜田コーチは「本当に辛抱強い。努力は報われるんだと思った」と涙ぐんだ。

 小柄な身体で、才能に恵まれたわけでもない。米国で暮らした4歳のとき、両親が買い物をしている間の待ち時間にリンクで滑り、スケートの魅力に引き込まれた“努力の天才”が、試練を乗り越えて夢舞台への切符をつかみ取った。(産経新聞、田中充)

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