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【山崎武司 メッタ斬り 生涯ジャイアン】おめでたい!同い年の阪神・金本監督の殿堂入り 現役時代は夜の街で腕相撲も (1/2ページ)

 同じ1968年生まれの阪神・金本知憲監督(49)がプレーヤー表彰で野球殿堂入りを果たした。心から「おめでとう」と言いたい。

 俺は高卒即プロ入り、金本は浪人、東北福祉大をへてきたが、1軍で活躍できるようになった時期がほぼ一緒。俺が39本塁打で初のタイトルを獲得した96年に、金本も初の打率3割をマークした。俺にとっては追いつき追い越せ、常に目標とする選手だった。

 プライベートでも共通の知人がいて、よく食事をともにする。現役時代、名古屋の夜の街のクラブで腕相撲を取ろうということになって、ボトルやグラスをどかし、テーブルの上で組み合ったことがある。がっぷり四つのまま、結局勝負がつかなかった。同い年に対しては、あらゆることで負けたくない気持ちが強いんだ。

 おかしなことに、『アニキ』の異名を取る金本が、俺のことを「アニキ、アニキ」と呼ぶ。「おめえのような弟を持った覚えはない」といっているんだけどね。

 金本が左手首に死球を受け、剥離骨折したまま試合に出場しバットを振り続けたのは有名だが、俺も若手のころ、ナゴヤ球場での阪神戦で左腕・湯舟投手の投球をスイングした際、手に激痛が走った。そのあとはバットを振らずに四球で歩ければと思っていたのだけれど、カウント3-2から甘い球が来て思わず手が出た。打球は右中間席に飛び込んだが、試合後に病院へ行ったら折れていた。同じようにやれと無理強いすることはできないけれど、ケガをしたら休むという今どきの若手の感覚とは、一線を画していると思うね。

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