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“元上司”ノムさんが片平晋作さん悼む「一本足打法。王への憧れがすごかった」

 南海、西武、大洋でプレーした片平晋作(かたひら・しんさく)氏が22日午前9時58分、膵臓(すいぞう)がんのため死去した。68歳だった。

 大阪・上宮高から東農大を経て1972年にドラフト4位で南海(現ソフトバンク)に入団し、一塁手として活躍。西武へ移籍した82、翌83年の連続日本一に貢献。86年にドラフト1位で入団した清原和博に一塁の定位置を譲り、翌87年に大洋(現DeNA)へ。通算18年で1181安打、176本塁打、601打点。引退後は西武コーチ、2軍監督、編成部長を歴任し、昨年はクライマックスシリーズの西武戦中継解説者として、元気な姿をみせていた。

 片平氏は現役時代、王貞治そっくりの一本足打法で有名だったが、南海入団時の監督は野村克也氏(82)だった。

 ノムさんは「片平といえば一本足打法。同じ左投げ左打ちの一塁手だった王への憧れがすごかった」と明かす。

 しかし「格好は王だけど、中身は全然違った。“マネる”は“学ぶ”だから悪いことではないが、マネをする相手が悪い。あの一本足打法は王だから成功したもので、理にかなってはいなかった」と指摘する。

 ノムさんも最初は西鉄(現西武)・中西太の打ち方をマネしたが合わず。毎日(現ロッテ)・山内一弘のマネをすると打てるようになったという。

 「王のマネをするのはいいが、プラス自分流がなければ、自分のものにはならない。ただのモノマネだった」と振り返り、「何度か『王のマネなんかするな』とアドバイスしたことを覚えている。王の言うことなら聞くのに、私の言うことは全然聞かなかった」とボヤきながら、当時を懐かしんだ。

 それでも選手兼任監督と選手の立場で6年間ともにプレーし、76年にはレギュラー一塁手として起用した。

 「まだ若いのに。女房(妻の沙知代さん)に始まり、星野仙一、片平と、本当に人生はあっけないな」と悼んだ。

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