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【高校野球 新・名将列伝】10年のスランプに泣き、訪ねた恩師の原点 東海大相模・門馬監督「欲ばかりで大事な基本を忘れていた」 (1/2ページ)

★東海大相模・門馬敬治監督(3)

 歴代の名将でも、必ず勝てない時期があった。挫折やスランプを経験しなかった監督などいない。

 1999(平成11)年4月。恩師・原貢に指名されて、東海大相模の監督となった門馬敬治(48)は、翌年春のセンバツで早くも頂点に立った。30歳。鮮烈なデビューだったが、以後、なぜか勝てなくなった。

 スランプは10年ほど続いた。優勝5年後の春にやっと2度目の甲子園出場を果たしたが、2回戦敗退。2006(同18)年春も2回戦、10(同22)年春は初戦で敗れた。夏の神奈川県大会は一度も勝ち抜いていない。

 原のカミナリが落ちたのは、そんな低迷期だった。ある年、夏の県大会敗退を報告する電話をかけると「ばかやろう。お前は野球がわかっていない」と怒鳴られ、電話が切れた。

 慌てて原の自宅へ。頭を下げて泣いた門馬は、原から「炭鉱町に咲いた原野球」(澤宮優著、現代書館)という本を渡される。

 この本は、原が1965年(昭和40年)夏に福岡県大牟田市の三池工を率いて全国制覇し、不況にあえぐ炭鉱町を熱狂させる道程をつづった社会派のノンフィクション。門馬は数日後、この本を手にして飛行機に乗った。原野球の原点である三池工を訪ね、グラウンドを眺めた。

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