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【福島良一 メジャーの旅】“赤鬼”ホーナーがヤクルト入りした裏 厳冬FA市場で思い出す「オーナーの不買作戦」 (1/2ページ)

 いよいよ2月に入って球春到来。日本のプロ野球は12球団が一斉にキャンプインしたのに、大リーグでは大物FA選手たちの所属先がいまだ決まらず。おそらく、あのとき以来の厳しい冬の時代と言っていい。

 1985年オフ、オーナー側は選手の年俸高騰化を抑えようと一致団結し、FA選手の不買作戦に出た。その結果FA登録した62人のうち、翌年シーズン開幕までに他球団へ移籍したのは2人だけ。FA制度が始まって以来の静寂さだった。

 翌86年オフはタイガースのエース、ジャック・モリスがFA権を行使したものの長期契約を結べず。そこで戦術を変え、「1年契約で年俸は公正な調停者に決めてもらう」と提案したが取引に失敗。最終的に古巣に残留せざるを得なくなった。

 他にヤンキースのエース左腕ロン・ギドリーら大物8人が苦戦し、翌年1月8日の旧所属球団との交渉期限になっても契約できず。エクスポズのアンドレ・ドーソンはカブスと異例の“白紙”契約に臨み、たったの年俸50万ドルでサインした。

 その中でエクスポズのティム・レインズらは最後まで買い手が付かず。さらにレッドソックスの剛腕ロジャー・クレメンスが交渉決裂で追い打ちを掛け、スターの姿なき開幕という異常事態が発生。大リーグ始まって以来の事件となった。

 結局、レインズは当時の規定によって、5月1日にようやく旧所属球団と交渉を再開し、当初通りの提示で再契約。一方でブレーブスの怪力ボブ・ホーナーは日本球界に売り込み、ヤクルトに入団。日本中に“赤鬼”旋風を巻き起こした。